証言1 フェイト・テスタロッサ

「最近、様子がおかしいんです。なんていうか、いつもと違う感じ……。え? どういう風にかって? ええと、そうだな……。あ、そうだ。一番分かりやすいのは、食事のとき。いつも楽しみにしているはずなんだけど、最近食事中でも元気がないの。料理も残すことが多いし……。溜息をつく回数もだんだん増えてきてる感じで……。心配……」

証言2 リンディ・ハラオウン

「そうね、最近物憂げな様子で溜息をついているところをよく見かけるわね。呼びかけても、すぐに気がつかないときもあるし……。なのはさんのいた世界で、なにかあったのかしらね?」

証言3 エイミィ・リミエッタ

「分かる。私には分かるわ。あの物思いにふける表情。これはもう、ズバリ、恋わずらいね。あっちの世界でいい相手でも見つけたんじゃないのかな?」

証言4 クロノ・ハラオウン

「え? アルフの様子、何かおかしいところがあったか? 全然気がつかなかったんだが……」




恋焦がれる






「あーもう、ダメダメ。クロノ君、少しはアルフの様子が変だと思わなかったの? もう、興醒めだよ、まったく」

時空管理局巡航L級8番艦「アースラ」内、食堂。
ここに、アースラの主要人物が集まっていた。
テーブルの正面に座るクロノに向けてやれやれといった仕草でツッコミをいれるエイミィ。

「そんなことを言われてもな……。全然気がつかなかったんだ、仕方ないだろう?」

クロノは少しムスッとした表情で、エイミィの指摘を跳ね除ける。

「まったく。裁判の根回ししているときのクロノ君とは別人のような腑抜けっぷりだよ。フェイトちゃんの嘱託の認定試験も始まるんだから、ちゃんと見ててあげなくちゃ」
「う……うむ」

理にかなった追い討ちをかけられて、クロノはたじろぐことしか出来なかった。
そんなクロノの様子を見かねてか、エイミィの隣に座るリンディが話の流れを変えるべく発言をする。

「ところで、エイミィ。先程の発言で、少し気になるところがあったのだけど」
「はい? え、と。どこでしょう?」
「『恋わずらい』のところ」

両の手のひらを胸の辺りで合わせてにっこりと微笑むリンディ。
その様子を見て、クロノは額に手を当て首を振りながら溜息をつく。
いつの世も、人の恋路の行方というものは、女性にとっては大好物のようであった。
そこに年齢など関係ない。
クラスメイトのコイバナに花を咲かす女子学生。
ワイドショーが垂れ流す有名人著名人の、色恋沙汰にまつわる情報に一喜一憂する主婦。
そして、ごくごく身近な存在となった魔導師の使い魔、アルフにまつわる噂に興味をしめす時空管理局局員たち。

「え、恋? アルフが?」

しかし、その中にあって、驚きの表情を見せる女性がいた。
使い魔アルフの主人である、フェイトその人である。

「驚くことじゃないわ、フェイトちゃん。アルフだって女の子なんだもん。恋の一つや二つくらいはするわよ」
「そうね、思い返してみれば、あの表情は恋する乙女のそれだった気がするわ」

当惑するフェイトをよそに、おもちゃを与えられた子供のような盛り上がりを見せる時空管理局執務官補佐とアースラ艦長。

「で、どうなの? アルフとずっと一緒にいたフェイトちゃんには心当たりがあるんじゃない?」
「そうね。当の本人がここにいない以上、ここは主人であるフェイトさんの意見を伺いたいわね」

「当の本人」アルフは、現在部屋で昼寝中である。
好奇心の塊と化した二人の矢面に立たされたフェイトは、クロノに助けを求める。
しかしながらクロノは、非常に苦々しい表情を作り申し訳なさそうに目を伏せた。

「すまない、フェイト。この状態になった二人を止めるのは、僕には無理だ」
「そう、だね……。多分、誰にも止められないかな……」

フェイトには、小声で謝罪をしてきたクロノを咎めることはできなかった。
もともと、彼は何も悪くないのだ。ただ、悪かったことは、この場に居合わせてしまったということだけ。

「私はユーノくんが怪しいと思うんだけど、どうかな? なのはちゃんが勝手に飛び出していったときのジュエルシード回収共同作業。けっこう息が合ってたと思うんだけど」
「うーん、それともなければ、誰か他にいい相手がいたかも知れない――」

――ガッシャーン。

雷鳴のような物音が厨房から鳴り響き、リンディの話を中断させた。
とっさに反応したのは、クロノ。
瞬時にバリアジャケットをその身に纏い、立ち上がりながらデバイスを起動させる。

「エイミィはここに待機、艦長はエイミィを頼みます。フェイト、後詰を任せる」

未だ椅子から立ち上がれていない女性三人に言葉をかけ、クロノは一足先に厨房へと駆け出した。
厨房への入り口に立つと、音の発生源と思われる場所へデバイスを構えながら、クロノはゆっくりと歩を進める。
床には調理器具や食器、さらには貯蔵している食料などが散乱しており、物々しさを如実に表している。
足元に転がる果物ナイフを視界に捉え、表情をいっそう引き締めたクロノは、物音と気配から調理台の物陰に何者かがいると判断した。

「(こちらには、気がついていないようだな……。ならば!)」

クロノのかざしたデバイスが青白い光を発する。

「キャウンッ!」
「やったか!」

獣の鳴き声のような悲鳴が聞こえ、それを合図にクロノは調理台を回り込む。

「……って、アルフ?」
「なんなのさ? これ。ちょっと、早く開放しておくれよ」

後から追いついてきたフェイトが、クロノの肩越しに覗き込む。
そこには、水色の光の輪に体の自由を奪われ、惨めに床に転がされている自分の使い魔の姿があった。その口に、食べかけの肉をくわえながら。






「ドッグフード?」
「……うん。食堂に無いかなー、と思って」

少し呆れ顔のフェイトが、アルフに問いかける。
体の自由を取り戻したアルフは、食堂に連れて来られ尋問を受けていた。

「そういえば、なのはの世界でもしょっちゅう口にしてたけど、そんなに気に入ったの?」
「うん。特に、あの、……ええと、なんて名前だっけ? なのはの友達の家で食べたドッグフードは最高だったよ。あの歯ごたえは絶品だったね」

恍惚とした表情と遠くを見る視線のアルフに対し、フェイトは首をかしげる。

「ねえ、アフル。なのはの友達って言うけど、いつそんなことがあったの?」
「あ、ええと、それは……」
「それについては僕の方から説明しよう」

口ごもるアルフに変わって、クロノが事のあらましを語った。
ジュエルシード最後の六個をめぐる争奪戦の後、アルフがプレシアによって攻撃を受けたこと。
「時の庭園」を逃れたアルフが、なのはの世界の動物愛好家の手によって、保護と傷の手当てを受けたこと。
その動物愛好家が、なのはの友人「アリサ・バニングス」であったこと。

「アリサの家で、ご馳走をもらっていたんだね。アルフ」
「うん。さすがにお金持ちは違うね。ドッグフードも素材からして違ったもん。安物のドッグフードとは比べ物にならないよ」
「ごめんね、安物のドッグフードしか買って上げられなくて」

フェイトの、その年齢に見合わない低く響く声は、場の空気を一瞬にして凍りつかせる。うつむきがちにしているフェイトの表情は、他の者には窺うことができなかった。
顔を引きつらせるリンディとエイミィ。
涙目のアルフ。

「あー、コホン。ともかくだ。食事ならきちんと適量を提供しているんだ。まったく、一体どこの巡航艦にドッグフードが常備されていると思っていたんだ? 備蓄食料の無断拝借に対しての処分は、追って通達する」
「……わかったよ」

耐え切れない空気の重さに我慢できず、やや強引に話を進めるクロノ。
フェイトの無言の追及よりも、目に見えて分かりやすいクロノの処罰の方がマシと判断したのだろう。アルフは、素直にうなずいた。

「やれやれ、ドックフードごときでこんな大げさな……」
「ちょいと待ちな。『ごとき』とは聞き捨てならないね」

ところが、クロノの発言に対しアルフはまなじりを決して食って掛かった。
椅子から立ち上がり、クロノを指差す。

「アンタは、ドッグフードの美味しさが分からないからそんなことを言うんだ。ドッグフードを知らないヤツに『ごとき』呼ばわりさせることはできないね」
「ドッグフードの美味しさなんて知るわけがないし、知りたいとも思わない。付き合ってられないな。僕はもう行くぞ」

やってられないとばかりに、席を立ち食堂を立ち去ろうとするクロノ。

「逃げるのかい? ドッグフードを食えば分かる! て言うか、食え!!」
「命令形!?」

だんだんと不条理なキレ方を見せるアルフと、さっさと自室に引き払いたいクロノのやり取りを見ながら、フェイトはポツリとつぶやいた。

「……クロノ、……犬」

そのつぶやきにあわせ、エイミィも思い浮かんだ単語を続ける。

「首輪、犬耳、犬尻尾」

トドメとばかりにリンディ。

「ドッグフード、犬食い」

まるで電気ショックを受けたかのように、身体を震わせるクロノ。
突然のクロノの様子の変化に訝しげな視線を投げるアルフだが、クロノはアルフを捨て置いてまだ席に座る三人を見る。

なぜか顔を真っ赤にしているフェイト。
こらえきれない笑いを、それでも必死に押し込めようとしているエイミィ。
そして、常と変わりなくニコニコと微笑んでいるリンディ。

身の危険を感じたクロノは、食堂から立ち去った。
さきほどの厨房での出来事に対処するスピードよりも、速く。






三日後。
クロノは食堂で談笑をしながら食事を取る、フェイトとアルフを見かけた。
フェイトはまだ食事の途中であるが、アルフはすでに食べ終えた後のようだった。
食器は全て空になっている。料理人冥利に尽きる、きれいな食事の後だった。

「元気になったようじゃないか? アルフ」

呼びかけながら、クロノはフェイトの隣の席に腰掛ける。

「ん、まあね。ここの食事も、これはこれで美味しいしね」
「はぁ。まったく、君は気楽でいいな。少しは心配していたものの気持ちを考えてみろ」
「クロノ、最初アルフの様子に気がつかなかったくせに……」
「…………何か言ったか? フェイト」
「ううん。何も」

クロノは、自分の隣でなにか呪詛のような呟きが聞こえた気がしたが、フェイトの歳相応のあどけなさの残る笑みを見て、気のせいだと思うようにした。

「ふん。アンタはちっちゃいことでウジウジ悩み過ぎるんだよ。そのうちハゲるぞ?」
「だ、誰がハゲだ!?」

立ち上がり、激昂するクロノ。
なだめようとするフェイトだったが、アルフの続く発言により、クロノの怒りは次元振を引き起こさんばかりの大爆発を見せた。

「落ち着きなって、今度なのはに頼んで、アリサんちのドッグフード食べさせてやっから」
「…………いるかー!!」





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