チャンネル


朝の柔らかな日差しが、カーテン越しに部屋へと降り注ぐ。
その日差しを受けて、なにやらベッドの中でもぞもぞとうごめくものがあった。
やがて布団から頭を出したのは、この部屋の主、高町なのはだった。
寝ぼけ眼のまま、枕元に置いてあったピンク色の携帯電話で現在の時刻を確認する。
途端、なのはの表情が一変する。大きく見開いた目と張り付いた表情のまま、携帯電話の液晶に表示されたデジタル数字を凝視していた。

9:34

目をこすり何度見直しても、この数字が変わることがなかった。
三十秒ほど固まっていただろうか。

「ふぇっ! ち、遅刻っ!」

我に返り慌ててベッドから降りようとしたなのはだったが、あることを思い出し動きを止めた。

「あ、そうか。今日は学校お休みしたんだった……」

ゆっくりとした動作でベッドから降りるなのは。
現在の彼女は、魔法訓練中のとある出来事で魔力欠乏状態にあった。その影響で体調も芳しくなく、様子を見る形で学校を休んでいた。

「ん、あれ?」

部屋を見渡すと、あることに気がついた。

「ユーノ君? どこ?」

ユーノの姿がない。
自分の体の調子が悪いときは、一人でいることが心細くなることがある。
例えそれがフェレットだとしても、一緒にいてくれるだけで心持ちだいぶ違うものがあった。
ふと思い返してみる。

「一人でも大丈夫だよ。ユーノ君もいるし」

なのはは自分のことを心配する家族を、こう言って送り出していた。
家族からしてみれば、フェレットに何ができるのであろうかという思いであったが、そのときのぼんやりとして頭ではなのはには家族の考えなど思い至らなかった。
それでも、やや強引に、家族に心配をかけまいとして、ベッドに潜り込んだところまでを思い出した。

「うあ。失敗。お父さんたちは、ユーノ君が人間だっていうことを知らないんだよね……」

仮に、人間であることを知ったとしたら、別の意味で心配するだろう。
なぜならば、ユーノはなのはと同い年の「男の子」だからだ。






パジャマ姿のまま、一つ下の階の居間まで降りてきたなのはは、そこでようやく目的の人物を発見した。
いや、今の彼の姿はフェレットなので、人物と呼ぶには差し障りがあるが。

「ユーノ君。ここで何してるの?」

テーブルの上。器用に新聞紙を広げているフェレット、ユーノがいた。

「なのは。起きてきて平気なの?」

おぼつかない足取りで部屋に入ってきたなのはを見た彼は、当然のようになのはを気遣う言葉をかける。

「大丈夫、大丈夫。別に風邪を引いてるわけじゃないんだし。ちょっと、体が重たく感じるだけ。ユーノ君は? 何してたの?」
「うん、何か面白い番組がないかと思って」

新聞のテレビ欄をチェックするフェレットという、前代未聞なシーンに遭遇しているなのはだったが、フェレットの正体を知っている彼女にはそれが当然のこととして捉えられていた。

「あっ! ……あの、なのは?」
「うん、何?」
「今日の夜七時から、この番組が見たいんだけど……」

ユーノの指し示す番組プログラムを、なのはは目で追った。

「ええと、……ま、ちゅ……」
「マチュ・ピチュ遺跡。いやー、こういう貴重な遺跡の特集を組んでくれるなんて、この国の国営放送はよく分かってるなあ」

この国の国営放送に対しての私見を述べるフェレットという、空前絶後なシーンに遭遇しているなのはだったが、やはり気にも留めず二つ返事で了承する。
フェレットであるユーノが勝手にテレビを見るわけにもいかないので、ユーノがどうしても見たい番組がある場合、なのはが代わりに自分が見たい番組であるという風に主張するのである。
ちなみに、二人とも気がついていないが、なのはがある時期を境に、急に渋い内容の番組ばかりを見始めたことに家族は多少の心配をしていた。
だが、親の心子知らず。
なのはは降って湧いた休日を、のんびりテレビでも見て過ごすことにしたようだ。

「うーん。なんか面白い番組って、やってないね」
「ああ、そうだね。この時間帯は、特に面白そうな番組はないよ。だから、いつも暇で暇でしょうがないんだ」

前足をパタパタと振りながら午前中のテレビ番組プログラムに対しての不満をこぼすフェレットという、驚天動地なシーンをやはり軽くスルーして、なのははチャンネルを次々と変えていく。

「あ、この番組。この時間帯でやってたんだ」

チャンネルを変える手を止め、テレビに映し出される映像にしばし見入るなのは。
ユーノも気になるのか、テーブルから降りてなのはの隣に座った。
なのはが気に留めた番組は、先程話に挙がった国営放送の中でも、特に教育に力を入れているチャンネルだった。
画面には、なのはと同学年くらいと思われる少年一人と、その少年より幾分年かさが上の少女二人がなにやら会話をしていた。






『今日は歴史のお勉強やえ〜』
『はい。木乃伊さん』
『で、なんだって京都まで来てるのよ? 私たち』
『明日葉は知っとるやろ? ウチの実家が京都にあること』
『ああ、そういえばそうだったわね』
『そんなわけで、明日葉とワケギ君のご招待がてら、京都の市内観光と歴史のお勉強も兼ねとるわけや』
『一石二鳥ということですね。木乃伊さん』
『そうえ、ワケギ君』
『でもさ、ここお寺も何もないんだけど、何で?』
『ここは、「本能寺」の跡地や。ワケギ君、本能寺知っとるか?』
『はい。「本能寺の変」ですよね? たしか、オダ・ノブナガという人が暗殺された場所というふうに聞いていますけど……』
『うん。正解や。ほな、さっそく行ってみようか?』
『ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 木乃伊。それって、この間の「池田屋事件」より危険なんじゃ――』
『タイム・スリップ! 行きまーす!』
『って、人の話を聞けえぇぇぇぇ! あ、きゃあぁぁぁぁぁぁ!』






「相変わらず、すごい番組なの……」
「あのツインテールの女の子の悲鳴が、もう演技に聞こえてこないんだけど……」

口々に番組の感想を述べる一人と一匹だったが、二人はもうテレビ番組への興味を失っているらしかった。
なのははテーブルへ新聞を取りに行き、そのままテレビ欄をチェックしている。
ユーノは、映し出された映像をただただ受動的に眺めているだけだった。

「やっぱり、この時間って面白そうな番組ってやってないね」
「うん。……ねえ、なのは。聞いて、いい?」

新聞紙をたたんでユーノに話しかけるなのはに、ユーノは質問をぶつけることで答えた。
「敦盛」をBGMに話しかけてくるフェレットという、もはや言葉に表す事のできない状況ではあるものの、なのははその話に耳を傾けた。

「この番組って、いわゆる子供向けのものだよね?」
「うん、そうだよ。私たちみたいな小学生向けの番組かな」
「でも、普通の小学生って、この時間は学校に行ってるよね?」
「うん。だから、普段はこういう番組は見る機会がないの」

ユーノは、一呼吸おいて話の核心に迫った。

「じゃあ、何でこんな需要の少ない時間帯に、こんな番組をやってるの?」

何故? と、誰もが思う疑問。
それは、異世界人であるユーノ・スクライアにとっても同じことだった。
ユーノが長らく抱えていたその疑問に対する答えを、なのはは相手を諭すように、ゆっくりと語った。

「それは、言わない約束なの」





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