大人の味


にぎやかな空気が、教室のありとあらゆるところにあった。
季節が秋から冬へと移りつつあり、太陽の光がやや傾きを増して窓から差し込んでいることも、このにぎやかさに花を添えているかのようだった。
昼休みのわずかな時間を惜しむように、この教室に集う生徒たちは思い思いに過ごしている。
そのほどよく暖かな日差しを受けた教室の一角で、そのにぎやかさの中心であるとでも言わんばかりに、にぎやかさを振りまいている少女がいた。

「でしょ? おかしかったわよねー、アレ」

日本人離れをした容姿と、ブロンドの髪。
教室の中でひときわ目立った存在の少女――アリサは、大の親友である二人の少女との会話を楽しんでいた。
会話の内容は、特別変わったものはない。
取り留めのない、そしてたわいもない話題だった。
ちょうど今は、昨日見たテレビ番組についてのものだ。
おっとりとしたイメージの強い少女――すずかは、同じ番組を見ていたのか、適度に相槌を打っている。
もう一人の少女――なのはは、歯切れ悪そうに会話をあわせるのに必死だった。

「どうしたの? なのはちゃん。まだ、調子悪いの?」

そんななのはの様子にいち早く気がついたのは、すずかだった。
どうやらいつの間にか、微妙に表情が引きつっていたらしい。

「え? あ、あの、ええと……。ゴメン、私その番組見てなかったの」
「なんだ、そうなの? それならそうと言ってくれればいいのに」
「あはは、ちょうどお風呂に入ってて……」

アリサは話の腰を折られたことをそれほど怒ってはいなかったが、それでもなのはは言い訳をした。
ただし、その言い訳も真実というわけではない。

「(言えない。とてもじゃないけど言えないよ。ユーノ君に付き合って、遺跡の番組を見てたなんて……)」

すずかは、全てを達観したうつろな表情を浮かべながら悲しみをにじませているなのはに気がつくが、当人の事情を考慮してか声をかけずにいた。

「あ、そうだ。その後のドラマは見た?」

翳りのある空気が混じり始める前に、アリサは先手を打つ。
話題は人気のドラマの話。このクラスの女子生徒の中にも、数多くのファンがいることを知っており、だからこそこの話題を持ち出したのだった。

「ゴメン。そのドラマ、私見たことないの……」

しかし、なのははここでも話を合わせることができなかった。
常日頃、秘密裏に行っている魔法訓練の影響か、なのはには規則正しい生活が身についてしまっており、夜九時以降起きていることはめったに無かった。






――うーん、どうしよう?

なのはは、少し悩んでいた。
ただでさえ、「魔法少女」というごく普通の小学生三年生を逸脱した存在になってしまっているのに、その上親友の二人とも、テレビの話題ですら盛り上がれていない。
魔法という存在が、このような形で日常生活に影響を及ぼそうなどとは、ユーノと出会った当初には思いもよらなかった事実である。
幸いなことに、目の前の友人アリサとすずかとは同じ時間を共有し過ごすことができている。
だが、どこか目に見えない境界線のようなものがなのはと二人の間に引かれており、それが大きな溝なって存在しているかのような感覚があった。
同じ目的地に向かっているのに、電車で向かうのと車で向かうのと、道のりが違えば窓から見える景色も違ってくる。そのくらいの違いがあるように感じた。

――せめて、人気のドラマくらいは押さえておかないとダメ、かな?
――ユーノ君に付き合って、遺跡の番組を見ている場合じゃないかも……。






「ねえ、なのは。聞いてる?」
「ふぇ!? な、何? 何?」

なのはは二人の視線が自分に向いていたことに、呼びかけられてはっと気付く。
その視線が、自分を気遣うものであることも同時に気付いた。

「なのはちゃん。やっぱり、まだ体の具合良くないんじゃないの?」
「もう、アンタは何でも自分で抱え込んじゃうんだから。病み上がりで、体の調子が悪いならちゃんと言わないとダメだからね。少しは心配する方のことも考えなさいよ」

二人はそれぞれ、なのはを気遣う。
事実、昨日なのはは学校を病欠していた。理由は、体調不良。
だが、これも本当のところは、魔法訓練の失敗による魔力枯渇によるものだ。
心配をしてくれる二人を騙すようで心苦しいのか、なのはは素直に謝った。

「ゴメンね、アリサちゃん、すずかちゃん。心配してくれてありがとう。でも、身体の方は全然大丈夫だから」
「わ、わかればいいのよ」
「でも、本当に気分が悪いようだったら、無理はしないでね」
「うん」

ふさぎこみがちだったなのはが笑顔を見せたことで、アリサはようやく話題を元に戻した。

「で? なのははどうなの? どうせ、まだに決まってると思うけど」

ぶっきらぼうな質問である。
当然、なのははその質問に答えることができない。そもそも、質問の内容が分からなかった。

「えーと。……ごめん、どんなお話だったのかな?」

溜息とともに、がっくりと肩を落とすアリサ。

「やっぱり、話聞いてなかったのね」
「ご、ごめーん」

謝り倒すことしかできないなのはに、すずかが助け舟を出した。

「なのはちゃん。話の内容はね、『大人の味』よ」
「へ?」

先程まで、ドラマの話をしていたはずだった。
ところがどう話が進んだのか、今は「大人の味」という話題になっている。
なのはは、二人の様子を見る。
アリサはニヤニヤと、すずかは普段からは考えられない表情で含み笑いを浮かべていた。

「ち、ちなみに。二人はどんな味だったの?」

苦し紛れというわけではないが、なのはは逆に質問を返した。
これによって、少しでも時間を稼ぐことができるかもしれない。

「すこし、鼻にツンとくる感じ、かな?」
「『大人の味』だもん、ほろ苦いわ……」

あごに人差し指を当て、考えながら言うすずかに対し、アリサは陰のある渋い表情を作りながら感想を口にした。
その陰の裏で、どんな考えをしているかは、今のなのはには窺い知ることはできなかった。






「じゃあね。なのは」
「またね。なのはちゃん」

下校途中、習い事があるというアリサとすずかの二人に笑顔で手を振るなのはだったが、二人の姿が見えなくなると、急に表情を一変させ溜息をついた。
物憂げな色を浮かべつつ、物思いにふける。

「大人の味。……か」

なのはは、知らず人差し指を唇に当てていた。






食事時。一家水入らずの時間。
テレビをつけながらという家庭もあれば、一言も会話をせずただ黙々と食事をするという家庭もある。
なのはの自宅であるここ高町家での夕食の様子を見てみると、一言で表せる。

団欒。

特に全員が揃っている場合、にぎやかな会話が絶えない。
食事の大切さを語る父、士郎。
パティシエとしてのみならず、家庭料理にもその優れた腕を振るう母、桃子。
物静かに、団欒の空気を楽しむ兄、恭也。
会話の流れを丁寧に整える姉、美由希。
そして、最も多くの明るい話題と笑顔を提供する、みんなから愛される妹、なのは。
それが、いつもの高町家だった。
しかし、今日はいつもと違う。
会話の始発点となるなのはが、ふさぎこんでいた。
いつのまにか箸を持つ手も、完全に止まってしまっている。

「どうしたの? なのは。やっぱりまだ体の具合が良くないの?」

テーブルの対角線上に座る桃子が、なのはに問いかける。
それにつられて、士郎もなのはに声をかけるが当のなのはは上の空で、まるで声が届いていない様子だった。

「……なのは?」

桃子は食事の手を止め再び、先程より大きめの声でなのはに呼びかける。
ようやく反応したなのはは、桃子に振り向いた。
ただ、正確に言うと、なのはの見ているのは桃子の「唇」だった。
うつろの目をしたまま、桃子から士郎へと視線をずらす。やはり「唇」を見る。

「……? なのは、熱でもあるんじゃないか?」

なぜか急に顔を赤くしたなのはを心配してか、なのはの隣に座る恭也も顔を覗き込むようにたずねた。

「…………」

なのはの目は、今度は恭也の「唇」へと移る。
何を想像したのだろうか、なのはの顔は先程よりも赤みを増した。

「ねえ、今日はもう横になった方がいいんじゃない?」

恭也の背中から覗き込むように、美由希がなのはを気遣う。
三度視線を移ろわせるなのは。その視線の先には、美由希の「唇」。

「…………」

しばらく、言葉も発せずに美由希を凝視し続けるなのは。正確には美由希の唇を見ていたのだが、潤んだ目と上気した頬の妹に無言で見つめられるという状況に、耐えられなくなった美由希は、再びなのはに語りかける。

「ねえ、なのは。もう寝たほうがいいんじゃない?」

美由希の声が届いたのか、なのはの顔色が元に戻っていく。

「うん、そうだよね。お姉ちゃんじゃ、想像できないし……」

心配する家族をよそに、なのははうつむきがちに一人でなにやらぶつぶつと言い始める。そして、何事もなかったように食事を取り始めた。
そのなのはの様子に、みんなは訝りながらも一安心といった態で、それぞれ食事を再開し始めた。
ただ一人、美由希を除いて。

「ねえ、恭ちゃん。なんだか、無性にムカつくんだけど……。何でかな?」
「気のせいだ。……多分。……そういうことにしておけ」






なのはの表情は、お風呂から上がったあともうつろなままだった。
別にお湯に長く浸かりすぎてのぼせてしまったわけではない。しきりに「大人の味、大人の味」とつぶやいてはいるものの、その声はよほど耳を近づけないと聞こえないほど、小さいものだった。
部屋に戻るなり小声でなにやらぶつぶつと口にしながら机に座ったなのはを見たユーノは、当然のことながらなのはのことを心配した。

「なのは。大丈夫? 何かあったの?」

頬杖をついて、考え事をしているなのはの背中に声をかける。
現在のユーノは、なのはのベッドの上。レイジングハートの起動調整を行っていた。レイジングハートをスタンバイモードに戻し、なのはに振り返る。
なのははユーノの声が届いていないのか、時折、首をかしげながら思考の渦の真っ只中にいる。その様子に、ユーノは夜間の魔法訓練のことを切り出せずにいた。
今のなのはの状態では集中力に問題があるし、魔力が回復してきているとはいえもう少し様子を見たほうがいい。
そう判断したユーノは、例えなのはから魔法訓練を行おうとしても、訓練を休むように言い含めるつもりだった。
ペンダント状になったレイジングハートを口にくわえ、定位置であるなのはの机の上に戻そうとユーノがなのはの机の上にのぼる。
そこで、なのはの顔を覗き込むように様子をうかがったユーノは、襲い掛かる眠気に抗いきれず舟をこいでいるなのはを発見した。

「……一体、何をそんなに悩んでいるの? なのは。……自分ひとりで、何もかも抱え込まないでよ……」

自分はそんなに頼りがいのない存在なのだろうか。
そう自問しながらも、ユーノはレイジングハートを机の上におき、机から降りて人間形態へと姿を変えた。
軽くなのはの肩を叩いて起こそうとする。

「なのは。このまま寝ちゃったら、本当に風邪を引いちゃうよ?」

そんなユーノの言葉に答えるかのように、身じろぎし小さく可愛らしい唸り声を上げる。しかし、そこまで。なのはは目を覚まさない。
少し強めに肩をゆすってみても、なのはに起きる気配がなかった。

「やれやれ。どうしようか……? ちっとも起きないや」

なのははいつの間にか腕を枕に机に突っ伏して眠っている。
すると、なのはは寝返りを打つように顔の向きを変えた。ちょうどユーノの目によく見える位置に。

「う……」

内心、どきりとした。
なのはは今、ユーノの目の前に無防備な寝顔をさらしている。

「無防備……」

そうつぶやいた途端、ユーノの頭の中ではものすごい勢いで思考が巡っていた。さながら、サーキットを駆けるスポーツカーのように。

「……」

そして、チェッカーフラグが振られることなくユーノの思考は次の段階へと移っていく。
今、ユーノの頭の中には三人の自分がいた。
全体的に黒を基調とした服を着る自分。対照的に白で統一された服装の自分。そして、本来の自分自身。
黒と白の二人がそれぞれ左右から挟みこむ形で、自分自身に語りかけるように耳元でささやいた。

「おい、お前。この娘のことが好きなんだろ? いくらやっても起きねえじゃねえか。チャンスだ、やっちまえ!」
「据え膳食わぬは男の恥。千載一遇の好機。やってしまえ!」

口調や語り口こそ違うものの、言っていることは二人とも同じだった。
そんな二人に後押しをさえるように、ユーノは身体を屈めなのはの顔に自分の顔を近づける。

《……………………》
「……うぅ……」

そんなユーノに無言のプレッシャーをかける存在があった。
机の上に鎮座している、赤い宝玉。インテリジェントデバイス「レイジングハート」。
インテリジェントデバイスとは、内蔵されている人工知能により自らの意思を持ち、状況判断、会話を行うことのできる魔導師の補助具である。
そのインテリジェントデバイスであるレイジングハートが、本来発することができるはずの言葉を用いていないのが、かえって不気味な感じがした。
さらに、もともとの赤い色が、今日に限って非常に禍々しい赤い光を放っていた。

「もしかして、怒ってる?」
《……………………》

音のない圧力に負けたのか、近づいたときと同じゆっくりとしたスピードでなのはから離れるユーノ。
かつての持ち主としての威厳は、今は昔といった風情であった。
狼になり損ねたフェレットもどきの少年は、表情を引き締め再びなのはに近づいた。

「……仕方ない」

いまだ目を覚まさないなのはに近づいたユーノは、ひざの下と背中に手を回してなのはをゆっくりと持ち上げる。
いわゆる、「お姫様抱っこ」の状態である。
ユーノはそのままなのはをベッドに運び、布団をかけた。

「やっぱり、まだ回復しきってないんだね。なのは、今日はもうおやすみ」

なのはの肩が冷えないよう、きちんと布団をかけるユーノはやさしく語りかけた。
そんなユーノの言葉に反応したのか、なのははうっすらと目を開ける。

「……ユーノ、君?」
「あ、ごめん。起こしちゃっ――?」

起こしてしまったことを謝ろうとしたユーノの言葉は、途中で遮られてしまった。
頭の後ろに回された、なのはの両手。
目の前にある、なのはの顔。
そして、自分の唇に口づけられている、なのはの唇。

「――おやすみ……」

ユーノを放すと、なのははそのまま夢の世界へと旅立っていった。
しかし、残されたユーノは中途半端にかがんだ姿勢のまま固まっている。
実際にはものの五秒程度の出来事だった。しかしながら、当事者であるユーノには今まで生きてきた時間よりも長く感じられた。

「なのはと、キス。……な、なのはと……」

頭の中がめまぐるしく回転している。もはや、正常な思考ができないほどヒートしていた。
腰が砕けたような格好でその場にしりもちをつき、はずみでフェレットモードへと移行するユーノ。

「寝ぼけてたのかな……。いや、でももしかしたら……」

焦点の合わない目で、それでも何とか考えを整理しようとしていたユーノだったが、その急激な出来事と思考の展開がユーノの頭脳に負担をかけたらしく、ユーノもしばらくした後、その支離滅裂な考えの断片による呟きを寝息へと変えていた。






そして、先程よりもいっそう禍々しさを増した赤い宝石は、不気味に光を放ち続けていた。











「え? 『大人の味』を体験した?」

素っ頓狂な声を上げ、アリサはなのはを問い詰めた。
かなり大きな声が出ていたが、幸い昼休みの屋上というシチュエーションでは周りの生徒たちはさほど気に留めなかった。

「う、うん。……なんか、勢いで……」

屋上のベンチで仲良く昼食をとり終わった後のこと。アリサとすずかの二人の視線に挟まれるように座るなのはは、その質問に答えるものの顔を赤くしている。
おそらく、昨晩の出来事を思い返しているのだろう。
しかし、そのなのはの様子を、すずかは不思議そうな表情で問いかける。

「どうしたの? なのはちゃん。顔が赤いけど、やっぱりまだ調子が悪いの?」
「え? ううん。もう元気いっぱいだよ。……でも、何で?」
「?」

お互いの会話がかみ合っていない。そう三人が三人、同時に感じた。
複雑な表情とクエスチョンマークをその頭上に浮かべる三人は、しばしお見合い状態で固まっていたが、そのこう着状態からいち早く抜け出したのはアリサだった。

「えーっと、ちなみになのは。アンタの『大人の味』はどんなだったの?」

「大人の味」に対する捉え方に、違いがあるのかもしれない。
そう仮定したアリサは、なのはに問いかけた。昨日の昼休み、会話に取り残されていたなのはのことを思い出したからだった。

「うーん、実はあんまり覚えてないの。そのあとすぐに寝ちゃったから……」
「え? でもなのはちゃん。アレって結構眠気覚ましにならない?」
「???」

やはり会話が食い違う。
業を煮やしたアリサが、まどろっこしいのは嫌いだといわんばかりに、核心に迫った。

「なのは。アンタ、ハッカガムを食べたのよね?」
「ふぇ?」

突然飛び出た、「ハッカガム」という単語に、なのはは目を白黒させる。
昨日から大切な友達であるこの二人と、きちんとした会話ができない。
このままだと、本当にごく普通の小学三年生に戻れなくなりそうだ。
もう魔法少女辞めようかな、などと現実逃避しかける頭にストップをかけ、なのははアリサに尋ね返した。



「ねえ、『大人の味』って、『キス』のことじゃないの?」



気が動転していたのか、自分がとんでもない爆弾を落っことしてしまったことに、なのははしばらく気がつくことができなかった。

「な、なあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「キ、キスって、あ、あのキスよね?」

仰天したアリサの声のボリュームが大きすぎたのか、さすがに近くにいた数人の生徒がベンチに座る三人に振り向いた。
しかし、驚きながらも声のトーンをあまり変えないすずかの声は聞き取られなかったようで、それぞれがそれぞれの会話の輪に戻っていった。

「ちょっと、なのは? キスって、どういうことよ!? 誰としたのよ!? オラ、白状しなさいぃ!」
「うぐぐ、アリサちゃん……。く、苦しい……」

気がつけば、アリサはなのはの襟首をつかんで、脅すように迫っていた。
助けを求めるべくすずかに振り返るなのはだったが、当のすずかも興味津々と言った表情で、なのはの次の言葉を待っていた。

「誰? 誰としたの? 美由希さん? 士郎さん? あ、もしかして、恭也さん!? だめよ、恭也さんはお姉ちゃんのなんだから!」

しかも、わりと暴走気味で。

「言う。言うから……、は、放して」
「あ。ご、ごめん……」

ようやくアリサから解放されたなのはであったが、そのなのはを逃がさないとばかりに、今度は両側から束縛の手が伸びた。
アリサはなのはの肩に手を回し、すずかはなのはの腕を抱きかかえる。

「さ、なのは。遠慮せずに、全部ゲロっちゃいなさい。だ・れ・と・し・た・の?」
「アリサちゃん。さすがにその言い方は……。で、だあれ?」

小学生の女の子にあるまじき台詞による尋問で迫るアリサと、いつもと変わらないにこやかな表情で迫るすずか。
もはや退路なし。
観念をしたのか、なのははくたびれた顔でため息をつき、白状をした。

「…………相手は」
「相手は?」

いっそう力を込めて迫るアリサとすずか。

「…………ユーノ君」

途端、急になのはを拘束する力が弱まった。
むしろ、拘束自体が無くなった。
二人は、軽く頭を左右に振りながら深刻な表情で盛大にため息をついた。

「はぁぁぁぁぁ。まさか、なのはがこんな冗談を言う子だったなんて……」
「はぁ。もしかしたら、期待した私たちの方が間違いだったのかしら……」

がっくりとうなだれる両隣の友人たちに、なのはは訳が分からないといった表情。

「え、え? 何で? 冗談じゃないよ、ユーノ君と、キ……。し、したんだもん!」

しらけた空気を漂わせる親友たちに食って掛かるなのはだったが、アリサの一言によって彼女たちの態度が一変した理由を理解した。

「冗談とか冗談じゃないとかはもういいわよ。いい? ユーノはフェレットでしょ? もう、ペットとキスしたくらいで何一々恥ずかしがってるのよ? まったく、なのはに先を越されたかと思ったじゃない……」
「あ…………」

なのははそこでようやく、ユーノの正体が人間であることを知っている存在が、自分自身しかいないことを思い出した。
そして同時に思った。



「(本当は、先を越しちゃったんだけど、黙ってた方がいいよね……)」






後日、なのはの魔法訓練中の誤射で、ディバインバスターの直撃を受けたフェレットがいたらしい。



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