ホロスコープ・ラプソディ2


日曜日。
それは、日々労働にいそしむものが得ることのできる、休息日。
稼ぎ時である人間など一部をのぞき、大部分がそのゆっくりと流れる時間を謳歌していた。
それは、ここ海鳴の八神家でも例外ではなかった。

「おはよー」

そう言ってリビングに入ってきたのは、この家の主の少女、八神はやて。
眠気覚ましに何か飲み物を探してか、冷蔵庫の前まで車椅子を進める。

「おはよー、って。はやてちゃん、もうお昼前ですよ」

出迎えるのは、主婦見習いシャマル。
ソファーに座ってのんびりとテレビを見ていたが、はやてが部屋に入ってきたので立ち上がってきた。

「それじゃ、おそよー」
「そんな言葉はありません」

めぼしいものが見つからなかったのか、何も取り出さずに冷蔵庫の扉を閉めるはやて。
その様子を見てシャマルが声をかける。

「めずらしいですね、はやてちゃんがお寝坊するなんて。……やっぱり、慣れない仕事のせいで疲れがたまってるのかしら?」
「ううん、そんなことあらへんよ。昨夜はちょっと、すずかちゃんから借りた本がおもしろくてな、つい」

足の不自由なはやてが見出した趣味に読書がある。
シャマルたちヴォルケンリッターが家族となる前からも、たびたび図書館に通っていた。
そして、気に入った本を読み始めると時間を忘れてしまうこともあった。
事実、はやてとヴォルケンリッターが初めて会った日。はやての九歳の誕生日の前日にも、日付が変わるまで本を読みふけっていたほどだ。

「はやてちゃん。そうしたら、コーヒーでも入れましょうか? 今、お湯を沸かしますから」
「ありがとう、ほんなら私は顔を洗ってくるわ」

冷蔵庫から車椅子の向きを変えたはやては、部屋を見回してあることに気がついた。

「あれ? シグナムがおらんな」
「ああ。シグナムでしたら、今朝早くから出かけていきましたよ。なんだか妙にそわそわした様子でしたけど……」
「んー、ま、シグナムにもシグナムの用事ゆうんがあるんやろな。ええと、ヴィータとザフィーラは仕事やったか」
「ええ、二人とも夕方には帰ってくるはずです」

はやてとの会話を楽しみながら、ヤカンに水を入れコンロに掛けるシャマル。
この何気ない動作も八神家に来た当初はぎこちなかった。しかし、その手つきも今では実に手慣れたものだった。
そんなシャマルを少し頼もしげに思いつつ、はやては洗面所へと向かった。












顔を洗い、ばっちりと目の覚めたはやてがリビングに戻ってくると、そこには突っ立ったままテレビに見入るシャマルの姿があった。
はやてがシャマルに声をかける前にテレビに視線を移すと、そこには最新機種の携帯電話を取り扱った番組が放送されていた。

「シャマル、携帯が欲しいんか?」
「え? あ、はやてちゃん。いいえ、私にはコレがありますから」

言いながら、シャマルは首から掛けてあるペンダントフォルムのクラールヴィントを摘みあげてみせた。
クラールヴィントはシャマルのデバイスではあるが、通信能力にも長けておりこの世界の携帯電話にも通信をつなげることができた。

「それに、いざとなれば『思念通話』もありますし」
「けど、今の携帯は写真とかも撮れるんよ」
「ああ、たしかにその機能は便利ですね。これだけの機能が搭載されているんですから、普及するのも当然ですよね。この通信デバイス」
「だから、なんでもかんでも『デバイス』ゆうたらあかん」

ソファーの脇まで移動したはやてを、シャマルはゆっくりと抱きかかえソファーに座らせる。
その隣に自分も腰を落ち着け、テレビの画面に視線を戻した。

「やっぱり、携帯欲しいんやろ? シャマル」
「え?」

先程から、シャマルの視線がテレビに釘付けになっているのを、はやては見逃さなかった。
はやてを抱きかかえているときも、その目線はテレビの画面を向いていた。
そのことからはやては、シャマルが携帯電話を欲しがっているに違いないと判断していたのだった。

「いいえ、私には必要ありませんから。むしろ、欲しがっているのはシグナムのほうかもしれませんよ」
「シグナムが?」

シャマルの口から出た名前と携帯電話。その二つを結びつけるのにはやてはしばしの時間を要した。
なんとも複雑な表情を浮かべるはやてに、シャマルがいきさつを説明する。

「一昨日くらいだったかしら、今みたいに、テレビで通信デバ……、携帯電話の紹介をしてたんです。そのとき、シグナムが普段では考えられないくらい食い入るように見てまして……」
「ほうほう。でも、もしかしたらその時テレビに、誰かシグナムの好きな芸能人がでとったとか?」
「いいえ、そのテレビの一件だけじゃいないんです。昨日のことなんですけど、ここに座って新聞を読んでいると思ったら、実は新聞に掲載されている携帯電話の広告をジーっと見てましたし」

ふむ。と、腕を組んで考える仕草をするはやて。
やがて何かを結論付けたかのように、顔を上げる。

「まあ、欲しいんやったら自分で言いだすやろ。あんまり押し付けてもあれやしな」
「そうですね」

そして、二人してぼんやりとテレビの画面を見続ける。
遅く起きた日曜日。
心身ともにリラックスした状態のはやてとシャマル。
このゆったりとした時間に彩を添えるかのように、テレビのチャンネルものんびりと楽しむことのできる旅番組が選択されていた。
はやては身じろぎしソファーに深く腰掛けなおす。そして、大河を流れる水のような静かに過ぎ行く時間をじっくり味わっていると、しだいにかつ唐突に、その清流のごとき流れにどこか濁った水が混じり始めるのを感じた。
鼻をひくひくとさせ、その濁りの元を確認しようとするはやて。

「なあ、シャマル?」
「何ですか? はやてちゃん」
「なんや、ちょう焦げ臭くない?」
「……………………はっ!」

立ち上がり振り返るシャマル。
すると、そこには煤けて真っ黒になったヤカンと、そこから立ち上る濁りの元となった焦げ臭い煙があった。












「見るも無残やな」
「……はい」
「底も穴開いとるし」
「……はい」
「買い替えなあかんなあ」
「……はい」
「そろそろ窓閉めよか。煙もだいぶ薄なったし、ちょう寒なってきたし」
「…………はい」

リビングのテーブルの上に置いてあるのは、かつて「ヤカン」だったもの。
全体的に黒く煤けており、取っ手の部分は高温によって変形をしていてもっとも悪臭を放っていた。
部屋全体に立ち込めていた臭いと煙を追い出すため全開にしていた窓を閉めてきたシャマルは、先程からずっとふさぎこんだままだった。
自分の「うっかり」から、あわや大惨事となるところだったのである。
主であるはやてをも危機にさらすかもしれなかったのだ。落ち込むのも当然であった。
そんなシャマルの様子を見かねてか、はやては比較的明るい声色で話しかけた。

「シャマル。出かける用意をしてや」
「…………はい。って、え? どちらへ?」
「何ゆうとるん。新しいのを買いにいかな。今日の晩ご飯はシャマルにきっちり作ってもらうからな」
指先でテーブルの上の黒い塊をはじきながら言うはやて。

「…………はい。分かりました! じゃあ、さっそく用意をしてきますね」

挽回のチャンスをくれたはやての気持ちを理解してか、颯爽と自室へ引き払うシャマル。
その後姿を見ながら、はやてはそっとつぶやいた。

「ま、たまにはシャマルと二人、一緒に買い物ゆうのもええやろ」












はやてとシャマルの二人は近所の大型スーパーマーケットへとやってきた。
日曜日ということもあり、店内は家族連れで大いに賑わいをみせている。
食料品や生活用品以外にも各種テナントが入店しており、老若男女さまざまな人々が思い思いに買い物を楽しんでいた。

「あかんなー、無いわ」

そんな楽しげな空気の中、はやては不満の声をこぼした。
はやての目の前には、大小さまざまな種類のヤカンが並んでいる。店舗の大きさからすると、やや少な目のラインナップではあるもののある程度の商品は揃っていた。
隣に立つシャマルは、その中の一つのヤカンを抱えながら問いかけた。

「これでいいんじゃありませんか? はやてちゃん。デザインも似通ってますし……」
「んー、そうやなー。見た目は同じやけども……ちょう容量を見てみ。2Lやろ」

言われて確認すると、たしかに値段の脇に「2.0L」と書かれていた。
シャマルはそこで、はたと思う。うちのヤカンはもともとどのくらいの容量があったのだろうか、と。

「うちのは1.8Lや」

真剣な表情でヤカンの棚から目を離さずに言うはやてに、シャマルは先回りをされたような感覚を覚えた。
しかし、そのはやての言葉を聞いてシャマルにはさらに疑問がこみ上げてきた。

「はやてちゃん、聞いてもいいですか?」
「んー、なんやー?」
「どうして1.8Lなんですか? なんだか、半端な感じがするんですけど」

シャマルの質問を受けたはやては、一つのヤカンを手に持ったままシャマルのほうへ向き直り説明を始めた。
お互いヤカンを抱えてままという、不思議な格好で対話が始まる。

「簡単に説明するとやな、日本の単位ではもともと『1.8』ゆう数字ではなかったんや。でもな、『リットル』という単位が外国から入ってきてはじめて『1.8』ゆう数字になったんよ」
「……えーと、つまり。日本のもともとの大きさを、『リットル』に無理矢理合わせた結果、『1.8』という数字になってしまったということですか?」
「うん、そうや」

ヤカンを商品棚へ戻すと、はやてはさらに説明を続けた。
ちょうど通路を挟んで反対側にある食器のコーナーから、適当に選んだガラスのコップを手に取る。

「お米をたくときのカップ一杯で何リットルになるか知っとるか?」
「え?」

はやてからの急な質問にたじろぐシャマルだったが、考えを巡らせ、やがて答えを導き出した。

「えーっと、もしかして『1.8L』の十分の一ですか?」
「ご名答や」

にっこりと笑うはやてに、胸をなでおろすシャマル。

「あのお米のカップ一杯が、一『合(ごう)』という、日本の単位や。ちなみにこのくらいの大きさのコップ一杯もちょうど一合くらいになるんよ」

説明の終わったガラスのコップを棚に戻しさらに話を進めるはやて。

「そんで、一合に十倍がさっきのヤカンの大きさで一『升(しょう)』という単位になるんや」
「一升ですか……。んー、どこかで聞き覚えが……」
「『一升瓶』の一升や。ほら、シグナムがよく抱きかかえてふて寝しとるヤツや」
「そんなシグナムは見たことありませんけど、なぜか容易に想像できるのが怖いですね……。けど、なるほど。そうすると、あのビン一本でヤカンと同じくらいの容量なんですね」

はやてはシャマルに向き直り、彼女か抱えているヤカンを受け取った。
二人の言葉どおりデザインは以前のものとほぼ似通っているが、その大きさはやや大きかった。

「そんで一升の十倍が一『斗(と)』や」
「一斗……。もしかして『一斗缶』の一斗ですか?」
「おお、さすが主婦見習いのシャマルや、ええ勘しとるな。そうや、あのコントとかでよく人をひっぱたくときに使う、四角い銀色の缶や」
「その説明といい一升瓶の説明といい、何か間違っているような気がするんですけど、不思議と理解しやすいですね……」
「あー、ちなみに一斗18リットルのバケツもあるんやで。ほないこか」

説明を終わって満足したのか、はやてはレジへと向かおうとする。
はやてのひざに置かれているヤカンを見て、シャマルは問いかけた。

「はやてちゃん、そのヤカンでいいんですか?」
「うん。うちも家族が増えたしな。このくらい大きい方がええやろ」

はやてがヤカンを選んだ理由。今日のはやての説明の中で、シャマルが一番理解のしやすかったものだった。












「あれは、もしかしてシグナムかな?」
「もしかしなくてもシグナムですね」

はやてとシャマルの二人が買い物を終わって店内をぶらついていると、ふと見知った顔を見かけて立ち止まった。
誰あろう、烈火の将シグナムその人である。
今朝方出かけていった彼女であるが、その目的地を知ってはやてとシャマルは内心驚いていた。
なぜならば、今シグナムの立っている場所は、携帯電話のショップであったからだ。

「なあ、シャマル?」
「なんでしょう? はやてちゃん」
「なんで私らは、こうして柱の陰に隠れとるんやろうか?」

はやてが後ろを振り向けば、そこにはサングラスを掛けた即席エージェントがいた。
シャマルにしてみれば真剣そのものなのであるが、ここは家族連れで賑わうスーパーマーケットの一角。そのうえ、人通りも多い通路にいるのである。

「はやてちゃんは気にならないんですか? シグナムが朝早くから出かけた理由が。こんなところでボーっと突っ立っている理由が」
「せやから、やっぱり携帯が欲しいんちゃうん?」

シャマルの指差す先のシグナムは、店の前に所在無い様子で腕を組んで立っている。ところが携帯電話のショップのすぐそばにいながら、陳列されている携帯電話には見向きもしていない。店を背に、流れる人通りを眺めているだけだった。
携帯電話を買いに来たのであれば、おかしな態度である。シャマルはここが気になるようだった。

「これは、何かありますね」
「そーかー?」

ノリノリのシャマルに対し、いまいち煮え切らないはやて。
はやてにしてみれば、そろそろ周囲の視線が痛くなってきた頃である。

「それにしても、シグナムは一体何をしているんでしょうね? 携帯電話を見定めているわけでもなく、ただ立っているだけなんて……」

シグナムの様子をいぶかしんでいたシャマルだったが、次の瞬間、その疑問が一瞬にして氷解した。

「ん、あれ? フェイトちゃんやないか」
「お店の中から出てきましたよ? 手には……何か持っていますね。新しい携帯電話でしょうか?」

ショップの中から出てきたのは、フェイトだった。その手には、手提げの紙袋を持っている。シグナムはフェイトのことを外で待っていたようで、彼女が出てくると向き直ってなにやら話をしているのがうかがえた。
遠くからでは、その会話の内容までは分からなかったが、その表情から彼女たちの親密さぶりが伝わってきた。

「ふーん。シグナムも隅に置けんなぁ。まさか、こんなところでフェイトちゃんと逢引しとるとは……」
「はやてちゃん、普通にデートって言いましょうよ。でも、二人で買い物なんて、シグナムにしては無難なところですね」
「いやいや。状況から見るに、フェイトちゃんの買い物にシグナムが付き合うとるだけやろ」

スーパーマーケットの柱の陰に隠れて、異常な盛り上がりを見せるシャマルとはやて。
先程まで引き気味だったはやてであったが、思いも寄らぬ親友の登場でその好奇心に火が灯ったようで、シャマルに負けじとボルテージを上げていった。
もはや、このノリノリの二人を止める術は無い。

「お。目標は移動をするようや。シャマル!」
「了解です、はやてちゃん。尾行を開始しますよー!」

携帯電話ショップでの目的を終えたシグナムとフェイトの二人がその場を後にすると、当然のように後をつけ始めるはやてとシャマル。
この奇妙な二組の二人組みの尾行劇は、やがてその舞台をスーパーマーケットから海鳴の街中へと移していった。













翠屋。
ここ海鳴の街でも、人気の喫茶店である。
時刻はちょうどお昼時を過ぎたあたり。
日曜日の今日はまだ客足が絶えず、若い男女のカップルや買い物帰りの家族連れなどで賑わっていた。
はやてとシャマルのなんちゃって探偵コンビに後をつけられているとは露知らず、シグナムとフェイトの二人は、連れ立ってこのなじみの店へと入っていった。

「二人はどうやら、ここでお昼にするつもりやな」
「そうですね。はやてちゃん、私たちもランチにしましょうか?」

シャマルからの提案に、はやてはしばし考える。
シグナムとフェイトのデートの尾行と、そういえば朝からろくにお腹に何も入れていない今の状況。
天秤に掛けるまでも無く、はやては自分の欲求に素直に従うことにした。

「とりあえず、二人を見張れる場所に陣取って、うちらもお昼にしよか?」
「それじゃ、あそこのテラスの席にしましょう」

シャマルが選んだ席は、ちょうど窓から店内の様子がうかがえる場所で、ちょうど向かい合う二人を捉えられる場所であった。
シャマルは席についてからも、二人の様子を注意深く観察し続ける。
しかし、はやてはそれどころではない。
近くのテラス席から漂ってくる芳しい匂いに、鼻の奥から胃袋の入り口辺りをチクチクと刺激されていた。はやての体は、しきりに栄養分をとるよう、脳みそに訴えかけているのだった。

「いらっしゃいませー。って、二人とも、なにしてるの?」

翠屋のエプロンを身につけ、トレーにお冷を載せてテーブルへやってきた美由希であったが、その席に陣取る二人を見てたじろいだ。
自分の姿が見られないよう、窓ガラス越しにちらちらと中の様子をうかがうシャマル。
そして、妙にそわそわした様子で周囲の席の様子、主にテーブルの上に乗っているメニューをちらちらとうかがうはやて。
美由希はそんな見るからに怪しい挙動の二人と顔見知りである自分が、少し悲しくなってきた。

「シッ! 二人に見つかっちゃうじゃないですか。これからがおもしろいところなんですよ!?」
「美由希さん、お腹すいてぺこぺこやねん。何でもええから、はやくできるメニュー持ってきてー」

シャマルとはやて、それぞれからのちぐはぐな要求に目を丸くする美由希だったが、シャマルの視線を追ったところにいる二人の人物を見て、なんとなくではあるが今のシャマルとはやての状況がつかめてきていた。
お冷をおいた後、はやてたちから注文を受けた美由希は、逆に二人に対し提案をした。

「ねえ、二人とも。あそこにいるフェイトちゃんとシグナムを見張ってるんでしょ? 協力してあげようか?」
「あら、いいんですか?」

もちろん、という気持ちのいい回答とともに、胸を張って軽く叩いてみせる美由希。
フェイトとシグナム。
先日の「万華鏡騒動」に居合わせた美由希はその後の二人の同行が気になるのか、美由希はその後もエイミィと連絡を取り合い情報を交換し合っていた。
そんな美由希の元に訪れた今回の事態。
いまだサングラスを取らずにエージェントモード全開のシャマルと、そろそろお腹の空き具合が最高潮に達しようとしているはやてに、振り向き際にウインクをし、美由希は店内に戻る。
善意の協力者を気取ってはいるものの、個人的な興味と好奇心からの申し出であったことは想像に難くない。

「そんで、中の二人の様子はどないや? シャマル」
「もう、オーダーは済ませてますね。美由希ちゃんも、特に近づく理由がないので、周りの席の片付けとかをしてます」

美由希が去った後、さすがに空腹感の峠を越えたのか、お冷をちびちびと口に含みながらシャマルに店内の様子を尋ねるはやて。
シャマルは、その主の期待に応えるべく慎重に中の様子をうかがっていた。

「あ。何か取り出しましたね。……さっき買った携帯電話みたいですよ」

メニューを注文してからの空いた時間に、フェイトは先ほど購入したと思われる携帯電話の入った手提げの紙袋をテーブルの上に置き中から携帯電話を取り出していた。
シグナムと親しげに会話をしながら携帯電話をいじるフェイト。どうやら、折りたたみ式の携帯電話を開いてなにやら説明をしているようだった。

「あの二人、ホントに仲良しさんやな……」
「ええ、なぜだか無性に悔しくなってしまうくらい仲良しですね」

はたから見たフェイトとシグナムは、何も事情を知らない人間にはどのように映っているのだろうか。
仲の良い姉妹か、はたまた親友か。
それほどまでに仲睦まじい空気を辺りにふりまいている二人に動きが見られた。
話をしながら、フェイトは新しい携帯電話をシグナムに手渡して、自分はスカートのポケットからもう一台の携帯電話を取り出した。

「あら? テスタロッサちゃん、携帯電話を買い替えたんじゃなくて、新しく追加したのかしら?」
「んー、それはどうやろ? リンディ提督がそこまでフェイトちゃんに甘いとは考えられへんしな……」

喫茶店のテラス席から通り越しに公園の緑を愛でるでもなく、ただただ店内の中の様子を食い入るように見つめるシャマルとはやて。
その異常なまでの怪しい空気を辺りに振りまいている二人は、店内のカップルとは恐ろしいほど対極的だった。












「お待たせしましたー。カルボナーラのセットとボンゴレのセットでーっす」

フェイトとシグナムの二人に無理なく近づける機会である料理を運ぶときを狙い、美由希は顔見知りであることを利用して二人に話しかけた。
こっそりと観察するのではなく堂々と話しかけることによって、かえって怪しまれずにすむのではないかという美由希の計算である。
その算段がうまく当たったのか、フェイトとシグナムの二人はさして気にすることなく美由希の話に答えていた。

「あれぇ、新しい携帯? もしかして、今日買ったの?」

美由希が料理を持ってきたとき、二人は新しいものとフェイトの持っていたもの、二台の携帯電話をそれぞれ手に持ち話をしていた。
どうやら、フェイトがシグナムに携帯電話の使い方の説明をしていたようだった。

「ああ、テスタロッサに見立ててもらってな」
「ふーん。あれ? でも、携帯が欲しいんだったら、何でシグナムははやてちゃんじゃなくて、フェイトちゃんにお願いしたの?」

美由希の疑問はもっともで、携帯電話を所持しているシグナムの最も身近にいる人間ははやてになる。
それでなくても、シグナムの場合はやてが一番身近な存在であるにもかかわらず、フェイトに見立ててもらっていた。

「それは、その、……少々理由があって……」

口ごもるシグナムにフェイトが助け舟を出した。

「シグナム。これがはやての番号だから――」
「ああ、すまない。テスタロッサ」

フェイトの差し出した携帯意電話の液晶ディスプレイには、はやての電話番号が表示されていた。
シグナムはぎこちない手つきで慎重に番号を入力していく。
フェイトはシグナムが携帯電話を操作している間、美由希に目配せをする。美由希はおぼろげながらに理解した。
つまりこの二人は、はやてを驚かせようと、内緒で携帯電話を購入したのだった。

「よし、かけるぞ」
「がんばって、シグナム」

普段の模擬戦でもそこまでの表情はしないだろうというくらい、シグナムの表情は引き締まっている。むしろ、がちがちに硬かった。
美由希は二人を見守るも、気が気ではない。
なにしろシグナムが電話を掛けている相手は、すぐそば、店の外のテラス席にいるのだ。
シグナムが電話をかけ始めて間もなく、呼び出しが始まったのか店先がなんとなくにぎやかになっていた。

「…………も、もしもし! あ、主はやてですか!?」

店内に響き渡るシグナムの声。
自分の声が、遠くにいるである主に届けといわんばかりに声を張り上げるシグナム。
当然、店中の視線がシグナムのところへと集まってくる。

「ちょっと、シグナム。もうちょっと、小さい声で」

美由希はもちろん、フェイトもシグナムを落ち着かせようとするも、舞い上がってしまっていたシグナムにはその声が届いていなかった。

「シ、シグナムです! 聞こえてらっしゃいますか!?」
「おー、よう聞こえとるよー」
「え?」
「へ?」

素っ頓狂な声を上げシグナムとフェイトが振り向くと、そこには携帯電話を耳に当てたはやてがいた。後ろには、シャマルが車椅子を押して控えている。

「あ、主はやて……。それと、シャマル」
「うんうん。携帯買うて、イの一番に私にかけてきてくれたか。シグナムはええ子やなー」

なぜ、ここにはやてがいるのか?
シグナムは、突然目の前に現れたはやてに驚きと困惑を隠そうとせずうろたえるばかりだった。
そしてはやては、そんなシグナムの行動に感極まってか、うつむいて体を小刻みに震わせている。
そして、

「シグナムの初物は、私がもろうたー!!」

がばっと頭を上げ、拳を天に突き上げ、大絶叫。
シグナムよりもさらに大きな声を張り上げたせいか、先程のシグナムの世間知らずな注目の仕方とは一変、色々と冷たいものがその視線に含まれていた。

「シグナム! もちろん、電話帳の登録は私が一番やろうな!?」
「ちょっと! はやてちゃんも、落ち着いて!」

店員である美由希はたまったものではない。
八神家による風評被害をこれ以上増やさないためにも、なんとかはやてを落ち着かせるしかなかった。
感激のあまりシグナムにあれやこれや言い始めるはやて、気まずそうに周囲に愛想をふりまくシャマル、はやてをなだめる美由希。三人を他所に、シグナムはあわてた様子で携帯電話を操作し始めた。
そして、そんなシグナムを見て、フェイトがポツリとつぶやいた。

「シグナムの初物。……ゲット」
「何か言ったか? テスタロッサ」
「ううん、何も」

たどたどしく操作するシグナムの携帯電話には、はやての番号をメモリに登録する画面が映っていた。

しかし、シグナムは知らない。
一番最初に登録をすべきはやての番号よりも先に、あらかじめ登録されていた番号があることを――。




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