3−Aお化け屋敷製作余話 前編


「ありえません。お化け屋敷といったらゴシックホラーで決まりではありませんか」
「えー、ちがうよいいんちょ。お化け屋敷っていったら、のっぺらぼうとかろくろ首とかが出てくるヤツだよー」
「二人とも違う違う。せっかく学校でやるんだから学校の怪談をベースにしなきゃ」

放課後。
麻帆良学園女子中等部校舎3−Aの教室で、白熱した議論が行われていた。
麻帆良学園都市全体を上げてのイベント「麻帆良祭」まで残すところ2週間。クラスの出し物が決まって準備に取り掛かろうとした矢先、生徒それぞれの思い描いていたお化け屋敷のイメージの違いから、各派閥に分かれての論戦となっていた。

派閥は3つある。
「いいんちょ」こと雪広あやか率いる、ゴシックホラー組。
「バカピンク」佐々木まき絵率いる、日本の怪談組。
そして、主に柿崎美砂が中心となっている、学校の怖い話組である。

3つの派閥と言ってはいるが、実際のところいいんちょとまき絵のパワーが強く学校組はやや押されている形である。
ちなみに意見を取りまとめるべき担任のネギ・スプリングフィールドはというと、職員会議のため不在。
担任の代わりとなるべき学級委員長が、一派閥のトップとなっていることから議題が紛糾し、話し合いが踊り続けている。
いいんちょに匹敵する発言力の持ち主である神楽坂明日菜は、どちらでもいいといった感じの中道路線をとっており話し合いには参加しておらず、また明石裕奈、椎名桜子といった盛り上げ役は、派閥には参加せずその名とおり盛り上げ役に徹していた。

美砂は焦りを感じていた。
自分の席の周りで明確に賛同してくれているクラスメイトが、大河内アキラのみでどちらかといえばおとなしいほうの生徒である。通路を挟んで隣の席の神楽坂明日菜が自分の陣営に参加してくれればと、話し合いの始めのほうからずっと思っていた。
いいんちょとまき絵との間で白熱した議論が行われているさなか、事態をまとめるべく一人の生徒が立ち上がった。

「はーい。みんな注目ー」

席を立ち、クラス全体に呼びかけたのは朝倉和美たった。
報道部突撃班。人呼んで「麻帆良パパラッチ」。常日頃スクープを求める3−Aきっての情報網を持っている生徒である。

「このままじゃ埒が明かないから、さっさと決めちゃおうよ」

和美のあまりにもあっけらかんとした物言いに、当然いいんちょが食って掛かる。

「朝倉さん。さっさと決まらないから、こうして話し合いをしているのではありませんか。それとも、他に何かいい案でもあるというのですの」

和美に振り返り、今までの勢いを殺さずにまくし立てる。
ところが、和美はそれをさらりといなし、話を続ける。

「どーどー。ま、ま、落ち着きなっていいんちょ。ひとつに決まらないんなら、全部やっちゃえばいいてことじゃない?」
「さっきから話し合っているでしょう? スペースの問題でどれかひとつに絞らなければならないと」

スペースの問題。
議題が紛糾している理由はここにある。学校の教室でお化け屋敷を催す際、入り口と出口を用意しなければならない以上、通常はルートなど1つしか確保できないのが相場である。

「要はそこをクリアできればいいんでしょ?」
「……あてがありますの?」

和美の余裕のある態度を見て、いいんちょは和美の考えを聞いてみることにした。

「ま、ふつーは無理だね。よっぽど魔法でも使わない限り」

この発言に、クラスの何名かがそれぞれ態度は違うものの驚きの表情を見せた。結果、クラスのほぼ全員の注目をさらに集めることとなった。

「朝倉さん。この期に及んで非現実的かつ不真面目な話をなさらないでください。」
「はは、ゴメンゴメン。けど、魔法がなけりゃ科学の力を使えばいいってね」

和美が、クラスメイトの一人「超 鈴音」に視線を飛ばしながら言う。
今度は、超に注目が集まる。

「何ネ、麻帆良祭は準備期間中から超包子(チャオパオズ)の経営で忙しい――」
「麻帆良祭期間中の、まほら新聞号外への超包子の広告料をロハってのはどう?」

眉をひそめ反論しようとした超の話を途中でさえぎり、和美は畳み掛けるように説得を行う。

「他にも、あとで色々サービスするからさぁ。まさか出来ないなんてことないわよね」

説得は押したり引いたり。論点を変えずさまざまな方向からのアプローチを行い、相手の気持ちをつかむことが肝要。
和美は今までの取材経験から、こういった説得方法のイロハのようなものを自然と体得していた。

「わかたヨ、いずれにしてもクラスの出し物には協力するつもりだたし。ハカセ」
「はいー」

和美の説得に折れた超が、クラスメイトの一人、葉加瀬聡美に呼びかける。

「現在開発中のプランを使用すれば、この問題も解決できます。実用に耐えうる精度まで調整を行いますので、三日は欲しいところです」
「こんなところネ」

今まで、議論に議論を重ねてきた問題があっという間に解決してしまった。
クラスメイト、特にいいんちょとまき絵は肩透かしを食らったような形になっていた。

「ちょっと、そのような手段があるのなら初めからおっしゃってください」
「いままで何のために、話し合いしてたのよー」

話し合いというよりは口げんかに近いレベルであったが、二人からしてみれば自分達がただ騒いでいただけなような気がしてきて、脱力感を味わっていた。
そんなやり取りを、心底楽しむように笑って眺めている和美。
そして、その和美を注視していた美砂がいた。

「朝倉って、あんな感じだったっけ」
「ん、どうしたの柿崎」
「あ、ううん。なんでもない」

思わず声に出ていたようだ。通路をはさんだ明日菜に聞こえていた。
美砂は適当にごまかして、再び朝倉和美についての思考に浸る。
報道部という立場上かどうかはわからないが、いままで朝倉和美というクラスメイトは、必要以上に他のクラスメイトやクラス全体のことに深くかかわってこなかった印象がある。
ところが最近はどうだろう。
神楽坂明日菜や図書館探検部の連中と一緒にいるのをよく見かける。
そう、最近。
具体的に言えば、修学旅行が終わってからか。

「さーて。やることが決まったんだから、ちゃっちゃと準備にうつろー」

いつの間にか和美が音頭を執っていたが、ようやく話が進んだこともあって、誰も文句は言わなかった。
生徒たちはそれぞれのルートごとに集まるべく、教室内を移動し始める。
にわかに騒がしくなる。

「美砂ー。学校の怖い話。どんなのやるか決めよう」

美砂と同じまほらアリーディング所属の釘宮円が、美砂のいる場所へと移動してきた。
他にも、学校の怖い話に参加するクラスメイトが数人集まってきた。

「そやなー。まずなにやるか決めんと何も作れんからなー」
「かえで姉、ここはひとつ忍術を活かして、みんなをびっくりさせてやろー」
「忍術はともかく、ここは拙者の力を見せるでござるよ」

にわかに話し合いが進み始め、置いてきぼりを食らいそうになったが美砂だったが、思考を切り替え話し合いへと参加していった。



3−Aの麻帆良祭の出し物はこうして決まっていった。
ようやくスタートした麻帆良祭の準備だが、この後起こる事件によって製作にブレーキがかかってしまう。



「3−A幽霊騒動」である。



<中編>

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