3−Aお化け屋敷製作余話 中編


「3−A幽霊騒動」より数日。

麻帆良学園女子中等部3−A在籍の幽霊「相坂さよ」は今、幸せのさなかにある。
地縛霊をはじめてはや六十年。初めて「友達」と呼べるものができたのだ。
それが、担任のネギ・スプリングフィールドと、右隣の座席に座る朝倉和美である。

さよ自体が、特殊な生徒である。
幽霊をやっているという時点で普通ではないのだが、霊感のある本業の霊能者ですらその存在に気づくことができないというほどに、隠密性が高い。まして、規格外の生徒が集合している3−Aの中でも、彼女の存在に気づいていたのは、これまた特殊な生徒の一人、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルただ一人という状況である。
そもそも、影が薄いという最大の要因があるのかもしれないが……。

そのさよであるが、この数日は朝倉和美にべったりだったというのは、想像に難くない。
授業中はおとなしくしているが、休み時間ともなれば今まで出来ずにいた分を取り戻すべく、おしゃべりに興じるのである。
それにいやな顔をせず付き合う和美も、なかなかに人間が出来ている。
放課後になると、お化け屋敷の準備の手伝いは出来ないが、和美のまほら新聞の取材に同行もした。
それくらい、さよは和美にべったりだった。

ところがある日。

「あ。朝倉さん――」
「っと、悪いね。ちょっと急いでるんだ。おしゃべりだったらまたあとでね」

休み時間、放課後と和美は急にいなくなり、夜七時半からの作業時間になると戻ってくるという行動をとっていた。
そしてその翌日も、昼休みに一人ふらりとどこかへ訪ねていき、放課後もクラスのみんなに号令をかけるやいないや、またどこかへと姿を消していた。

「どうしたんだろう、朝倉さん。もしかして私避けられているのかな。しつこくおしゃべりしすぎたのがいけないのかも」

さよは不安になる。
せっかく出来た友達にもっとかまってもらいたい、もっと話しをしたいと思うのは自然なことで、邪魔にならないのであれば連れて行ってほしいとも思っていた。

自分は和美に対して、どのような態度で接すればいいのだろうか。
60年余り人付き合いから遠ざかっていたさよにとって、それはどんな試験問題よりも難しいものだった。
誰かに相談をしようにも他に自分を認識できるネギは、クラスメイトの一人絡繰茶々丸についてどこかへ行ってしまっている。
もう一人の人物であるエヴァンジェリンに話しかけてみるが、

「何だ、相坂さよか。私は今から帰るところだ。用件なら明日にしろ」

と、素っ気なく断られてしまった。

「ううっ、前から思っていたけど。エヴァンジェリンさんてちょっと怖いです」

廊下の隅っこに力なくうずくまるさよ。少し泣きべそをかいている。
しかし、そのことに気がついてくれる生徒はなく、そのことが一層さよを悲しみのふちへと追いやっていく。

「ううん、だめよ。今年こそはお友達を作るって決めたんだから。」

顔を上げ、今までの暗い気持ちを振り払うかのようにかぶりをふる。
もしかしたら、まほら新聞の取材かもしれない。もしそうならば自分にだって手伝えることがあるかもしれない。そうでなければ、そのときはそのときだ。まずは、和美が今どこでなにをしているのかが知りたい。
まずは行動をしよう。

決意を新たに、勇んで校舎を飛び出してきたものの、数分とたたないうちにまた気持ちが落ち込んでいく。
麻帆良学園都市は広大である。
その広大な敷地の中で、一人の人間を探そうとするのに、探し手が一人ではいつまでたっても見つけられないであろう。
砂漠の中の砂一粒、とまではいかないが、人にものを尋ねるということが出来ないさよにとって、和美を探すということがどれほど困難なことか。
連絡を取りたくてもその手段がない。まして、携帯電話など持ってもいない。
麻帆良学園の町並みを、付近で一番高い建物の屋上から見渡し、その広さ大きさに自分の小ささが浮き彫りにされているような気がして、さよは締め付けられる思いがした。

「はあ、どうしよう。このままじゃ朝倉さんを見つけ出すことも出来ない」

さよの心が、重い気持ちに押し潰されようとしていたそのとき、何かがふとさよ目に留まった。

「自転車」

ふわふわと漂いながら、その自転車に近づいていく。

「! これは、朝倉さんの自転車」

まほら新聞の取材に同行したときに見たものと同じものだった。
和美は麻帆良学園都市内を移動する際、自転車で移動をしている。この自転車が和美のフットワークを支えているといってもいい。

「ということは、朝倉さんはこの近くに――」

周りの様子を伺おうとしたさよだが、次の言葉が出てこなかった。



そこは、麻帆良学園都市内の秘境、「図書館島」。



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