3−Aお化け屋敷製作余話 後編


「図書館島」。
そこは、麻帆良学園都市内の秘境と呼ばれている。

朝倉和美を探して麻帆良学園内をさまよっていた相坂さよであったが、図書館島でその動きを止めてしまった。
和美の自転車を図書館島付近で見つけたことも理由にあるのだが、さよにとっては図書館島での経験が、不吉な予感を抱かせたからであった。

図書館島という場所には、その名のとおり図書館がある。
ただし、ひとくちに図書館といっても普通の図書館を想像してはいけない。
なぜならばここは麻帆良学園であり、世間の一般常識が通用しない「魔法」がまかり通る場所だからだ。
図書館島には、大戦中に戦火を避けるため世界各地の貴重書が集められ、地下に向かい増築が繰り返されてきた歴史がある。
そして、そのような貴重書を盗難から守るため、図書館内部のいたるところに、盗難防止のトラップが仕掛けてあり、そのトラップは下手をすると命を落としかねない、危険極まりない代物ばかりであった。
さよは、長い地縛霊生活の間に図書館島を訪れたことがあった。
図書館島は地上部分こそ普通の図書館として機能しているが、一歩地下階へ足を踏み入れると盗掘者よけのトラップが、準備万端侵入者を待ち構えている。
そのようなトラップの危険にさらされた経験があったため、怖がりな性格のさよにとって図書館島は、特に地下部分は近寄ることの出来ない場所のひとつとなっていた。
幽霊となったさよは、これ以上死ぬことはないのだが……。

「図書館島。ここには近寄りたくなかったのに」

和美の唯一の手がかりである自転車を発見したさよであったが、図書館の建物内に入ることをためらっていた。
しかし、ここに和美のいる可能性がある以上、中に入らなければ確認のしようがない。

「と、とりあえず、入り口までいってみよう」

入り口の扉は開け放たれいて、外からでも中の様子をうかがうことが出来た。

「あ、朝倉さ〜ん」

扉のところまで近づいて中に声をかけてみたが反応はない。

「やっぱり、中に入るしかないのかな」

さよは仕方なく、建物中に入っていった。

「と、とりあえず一階だったら大丈夫だよね。他のみんなもいるし」

危険のないことを自分に言い聞かせ、天井付近からフロア全体を見渡し和美を探していく。

「朝倉さ〜ん、どこにいるんですか〜。朝倉さ〜ん」

一通り探してはみたものの、和美を見つけることができなかった。
さよの表情は、精神的な疲れからか段々と曇っていく。

「一階にいないとなると、やっぱり地下にいっちゃったのかな。! だとしたら。た、たいへんです〜。まだこっちに来ちゃダメです〜」

さよの頭の中で最悪の事態が形作られ、自分自身を錯乱状態へと陥れていく。
発言内容も、もはや自分が何を言っているかわからなくなっていた。
さよは混乱状態のまま、図書館島を飛び出しどこかへ飛んで行ってしまった。






エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは一人自宅への道を歩いていた。
目的地へ向かって歩いている人物に対して、こういった表現はふさわしくないかもしれないが、彼女の様子を言葉で表すと「所在がない」だった。
普段であれば従者の絡繰茶々丸が一緒にいるのだが、今日はメンテナンスのため麻帆良大学工学部へ出向いていた。
憮然とした面持ちで歩いていたエヴァだったが、何かに気づいて振り返った。
遠くのほうから自分を呼ぶ声が聞こえる。

「―――エヴァンジェリンさーん」

さよだった。
必死に飛んでいるのだが、スピードはそれほど速くなく、エヴァのものへたどり着くまでしばらく時間がかかった。

「はあ、はあ、は。た、大変ですー」

幽霊なのになぜか息を切らしていた。
さよが自分の元へ到達し、そこまで話し終えるまで待っていたエヴァだったが、急に踵を返し自宅へ向かって歩き始めた。

「あっ、まってくださいー」
「なんだ、用件なら明日にしろといったはずだ」

さよに呼び止められたが、振り向かずに言い放つ。だが、さよはくじけなかった。
エヴァの前に回りこみまくし立てる。

「明日じゃダメなんです。緊急なんです」
「うるさい、私には―――」
「朝倉さんが大変なんです」
「……何?」






図書館島地下三階。
和美は本棚に本を戻しながらため息をついた。

「やれやれ、ここでも見つからないとは……」
「申し訳ありませんです、朝倉さん。私がついていながら」

和美の言葉に対し、綾瀬夕映が答えた。
夕映はもともとここに私用で来ていたが、偶然和美を見つけたこともありそのまま和美の調べ物の手伝いをしていた。

「いいって、いいって。逆にありがたかったくらいだよ。私一人じゃここまでこれなかったからさ。それに、元々ここには無いモノだったのかもしれないし」

そう言って夕映をなだめていた和美だったが、やはり落胆の色は隠せない様子であった。

「けど、私の情報収集力もここらへんが限界なのかな。アイツの喜ぶ顔が見たかったんだけどな」

そうひとりごちる和美に対して、夕映はかける言葉を見つけられない様子だった。
気まずい雰囲気を嫌ってか、和美は大げさに伸びをした。

「さってと、それじゃそろそろ上にあがろうか。クラスの出し物の手伝いもあるし」
「そうですね。学校に戻るのなら、少し買出しをしていくです」

この雰囲気を嫌っていたのはゆえも同じだったらしく、新しい話題に積極的に乗っていった。
本をすべて戻し終えて地上階へ向かおうとしたとき、通路のほうから足音が響いてきた。

「朝倉! 大丈夫!?」
「和美殿! 無事でござるか!?」

突然目の前に現れたクラスメイト二人に対し、和美と夕映はなんらリアクションをとることができなかった。
本棚の影から現れた二人とは、早乙女ハルナと長瀬楓だった。

「おや、バカリーダーではござらんか」
「なんだ、夕映も一緒だったのか。それじゃ心配する必要なかったかもね」

和美の無事な姿の次に、夕映の姿を確認したハルナと楓は表情を和らげ二人に話しかけた。

「いやー、驚いたでござるよ。和美殿が危険だというでござるから」
「のどかが、また幽霊の相坂さんとチャネリングした時にはビックリしたけどねー」
「あ、まだその設定、生きてたんだ……」

和美は話が見えてきた。
さよはおそらく、自分が図書館島にいることを何らかの形で知った。
そして、図書館島という特殊な場所から連想される「危険」と言うイメージによって、自分がピンチに陥っていると勘違いしたのだろう。

「しかし、無事で何よりでござる。皆も心配しているから、早く上へ戻るとするでござるよ」

楓に促され、四人は地上へと戻り始めた。

だけど。と和美は思う。
いくら宮崎のどかが特殊なアーティファクトを持っているとはいえ、彼女自身が使おうと思わなければ、さよの考えがわからないはずだ。
さよはどうやってみんなに自分のことを伝えたのだろうか。

「おーい、もう終わったのかー」

階段までたどり着くと、そこには鳴滝風香がいた。

「そういえば、皆が心配してるって言ってたけど」

風香を見た和美が、楓に問いかける。

「ふむ、学校の怖い話を作っている連中は、ほとんど来ているでござるよ」
「もっとも、大人数で動くにはここはちょっと危険だから、この地下三階までは経験のある二人だけできたの」

楓の説明にハルナが補足をする。
風香はおそらく様子を見に来ただけなのだろう。その風香の後ろに、さよの姿があった。

「さよちゃん……」
「ん? 僕は風香だぞ」

突然話しかけられた風香は、自分の名前で呼ばれなかったことに疑問を感じた。

「あ、ゴメンゴメン。あんたの後ろに、さよちゃんがついてきてたからさ」
「うわわわっ」

風香はあわてて楓の後ろに逃げ込んだ。
誰だって、自分の後ろに幽霊がついてきていますよ、と言われては、いい思いはしないだろう。

「ほ、本当にいるのか」
「いるよ、そこに。あ、そっか、あたしにしか見えないんだよね」

和美はさよに振り向き、照れ隠しか頭をかきながら詫びの言葉を口にした。

「ゴメンね、さよちゃん。なんか心配させちゃったみたいで。私がさよちゃんのコト、ほったらかしにしたのがまずかったみたいだね」
「あ、いえ、私の方こそごめんなさい。朝倉さんにだって自分の都合というものがありますもんね。それを私ったら、自分のことばかり考えて」
「いや、私の都合っていってもね、実を言いうとさよちゃんに秘密にしておいて、あとでびっくりさせてやろうって思ってただけなんだ」
「え、私、ですか?」

和美が自分のために動いていたと言う事実を知って、さよは驚きを隠せなかった。
そして、お互いが相手のことを思っての行動をしていたことが、さよに胸の奥が暖かくなる様な不思議な気持ちにさせていた。
しかし、さよのことが見えない他のクラスメイト達は完全に置いてきぼりを食らっていた。

「朝倉ー、なんか話してるのはわかるけど、さっさと上にあがろうよ」

しびれを切らしたハルナが呼びかける。

「あ、ワルイワルイ。それじゃ、皆とりあえず地上に戻ろう」

ハルナたちに呼びかけたあと、さよに小声でささやいた。

「あとで、ゆっくり説明してあげるよ」

さよは、和美の考えがまだわからないでいた。
和美は自分に、何を秘密にしているのだろう。
おあずけ状態のさよは、和美の背中を見送りながらぼーっとそんなことを思っていた。
そして気がつく。周りに誰もいないことを。

「え? あ! ま、待ってくださーい。一人にしないでくださいー」






「みんなー、ジュース買うてきたでー」
「ありがと、亜子」
「げ、これ炭酸じゃない。円、そっちのと取り替えてくれない?」
「私は別にいいけど、これも微炭酸だよ」
「じゃあ、私のと交換しよう」
「いいの? ありがと、アキラ」

地下一階に上がってきた和美たちを出迎えたのは、マイペースにくつろいでいるクラスメイト達だった。

「あら、和美。無事だったのね」
「おかえりー、みんな」

那波千鶴と村上夏美が出迎えてくれた。

「ホントに、皆来てくれてる……」
「ですが、皆さんそれほど心配していないような気がするです。」

夕映は冷静に状況を解説してくれているが、クラスの中でも特に親しい友人のいなかった和美にとって、これだけの人数が自分を心配して来てくれていることに少なからず感動していた。

「はあ、はあ。おいていかないでくださいよー」

遅れていたさよが、ようやく追いついてきた。

「そういえば、さよちゃん。あんたどうやってみんなに私のことを伝えたの?」
「え、皆さんにですか? えっと、それは、エヴァンジェリンさんにお願いして……」

そこまできいて、和美はほぼ話が見えた。
さよの話を聞いたエヴァが、のどかを介して皆に自分のことを伝えたのだ。

「ふーん、なるほど。しかし、なんかエヴァちゃんも丸くなった感じがするね」

いままで他のクラスメイトと深く関わりあいを持たなかったエヴァだが、就学旅行以後、特にネギを弟子にとってからは、明日菜や木乃香などネギと近しい間柄のクラスメイト達と関わることが多くなっていた。
そんなことを言ってしまえば、自分自身もそうなのだが。

「そうそう、和美。頼まれていたもの、完成したわよ」
「ホント? ずいぶん早く出来上がったね」

千鶴の報告を受けて、和美は顔をほころばせた。

「もう準備もできているから、早く学校へ戻りましょう。みんなでここに来たのには、このことを和美に伝えたかったこともあるのよ」
「そっかー、けど思っていたより早い出来上がりだけど、何かあったの?」
「ふふ、千雨さんを捕まえて手伝ってもらっちゃいました」
「あ、ちづ姉。私もがんばったんだよ」
「そうね、夏美ちゃん思っていた以上に手先が器用だから、びっくりしちゃったわ」

和やかに友人と会話をする和美を見て、さよは嫉妬にも似た感情に襲われた。

「あの、朝倉さん」
「おっと、そうだった。さよちゃん、今からあんたをびっくりさせてあげる」
「え?」






「いい? 合図をするまで教室に入っちゃダメだよ」

和美にそういいつけられて、3−A前の廊下で待つこと十分。
さよは、にわかに転校生の気分を味わいながら和美の合図を待っていた。

「いったい何だろう。私をびっくりさせるって」

さよは今、幸せいっぱいだった。
和美という友人ができた。その和美が、自分のために何かをしてくれている。
さらに、他のクラスメイトも和美を手伝ってくれている。
いままで、自分に気づいてくれる人もなく、どれだけ友達をほしがってもかなわなかったさよにとって、他人が自分のために何かしてくれていると言うことが、どれほどうれしいことか。
なにか大きな暖かいものに包まれている安心感。
これから続いていくであろう楽しい日々を思うだけで、さよははやる気持ちを抑えきれなくなっていた。

「さよちゃーん。入ってきていーよー」

和美の声が、教室から廊下へ届く。
さよは壁をすり抜け教室へと入る。

「!」

そこには、さよと同じ制服を着た和美たちの姿があった。

「どうかな? これでお化け屋敷をやろうとおもうんだけど。これならさよちゃんだって、しっかり参加……って、あれ? さよちゃん?」

和美の言葉の途中だったが、さよは感極まって泣き出してしまった。

「……さよちゃん?」
「す、すいません、朝倉さん。私すごくうれしくて」

両手で顔を覆いしゃがみこむさよだったが、状況がつかめず不安げな面持ちでこちらをのぞきこんでくるクラスメイトたちを見て、さよは顔を上げ、笑顔を作り感謝の言葉を口にした。

「朝倉さん。みなさん。ありがとうございます」

和美も会心の笑みをつくり答えた。

「うん、喜んでもらえてよかった。」

和美の言葉をきいて、ハルナたちも歓声を上げた。






「そういえば、朝倉。図書館島で何を探してたの? 制服の資料だけなら、学校の図書館だけでもそろいそうなものだけど」

喜びの興奮も鎮まりかけたころ、ハルナが唐突に和美に質問した。
さよをびっくりさせるだけならば、さよと同じ制服を用意できた時点で成功している。
事実、和美は中等部校舎内の図書室で、さよの着ている制服の型紙を入手していた。
和美は他に何を探していたのだろうか。

「あー、それね。実を言うと写真を探してたのよ」
「写真?」
「そ、写真。さよちゃんの」

和美の探しているものはわかったが、その目的まではつかめなかった。
理由を知らされていなかったのか、夕映がハルナの質問を引き継ぐ。

「なぜ、さよさんの写真なのですか? 制服だけではダメだったのですか?」
「んー、その理由はね、皆にもさよちゃんの姿を見てほしかった、からかな。せっかく皆がさよちゃんのことに気づいたのに、姿が見えないんじゃさびしいじゃん。だから、さよちゃんがどんな女の子で、どんな表情をしているのか皆にも見てもらいたかったんだ。けど結局、集合写真とか面白みのない写真しか見つからなかったけどね」

やれやれといった表情で説明を終えた和美だったが、場の空気が非常にしんみりしてしまい、ばつが悪いのか頭をかき始めた。
しかし、その空気はすぐに壊されることになった。

「フッフッフ、朝倉〜。あんたにもかわいいところがあるのね〜」

いやらしい笑みを浮かべながら、和美の肩に腕をまわす。
が、次の瞬間には表情を元に戻して和美に話しかけた。

「ていうかさ、あんたは誰なのよ? 報道部突撃班、朝倉和美でしょ? 写真だったら、あんたがこれから、いやっていうほど撮ればいいじゃない」
「……は、ハハッ。そうだった、忘れてたよ。私は朝倉和美。報道部突撃班、麻帆良パパラッチ!」

ジャーナリストの武器、デジタルカメラを右手に取り出し高く掲げてポーズをとる。
新たな目標を見つけ、やる気と自信に満ち溢れた瞳をしていた。

「よーし、それじゃさっそく! 皆もいることだし、制服もそろったことだし、記念写真を撮るぞー」
「おー!!」

和美の呼びかけに、気持ちよく応える風香。

「ささ、みんな。黒板の前に並んでー。ほら、さよちゃんも」

和美に促されるさよだか、それを拒んだ。

「私、…………なきゃイヤです」
「え?」

声が小さかったため聞き返す和美に、大きくはっきりとした声でさよがもう一度言う。

「私、朝倉さんと一緒じゃなきゃイヤです」

かっこいい男の子に告白されたわけでもないのだが、なぜが和美の鼓動が一時的に速くなった。
動揺するそぶりを隠しながら、和美は辺りを見回す。

「お。おーい、ちうちゃーん。このデジカメ、あんたになら任せられる。写真とってー」

今まさに教室から出ようとしていた長谷川千雨を視界に捕らえ、問答無用で引きずってくる。

「ったく、何なんだよ。こっちは制服の仕事まで手伝わされて疲れてんだよ」
「そんなこと言わないでよー、シャッター押すだけなんだから」

千雨にデジカメを託し、列の中央、さよのとなりに陣取る。

「ったく、一枚だけだぞ。はい、ちーず」

投げやりな合図だったが、写真は撮れた。

「ほらよ、私はもう帰るからな」
「ありがと、ちうちゃん」

デジカメを受け取り写真の出来を確認する。

「お、ちゃんと写ってる」
「どれどれ、私にも見せてよ」
「あー、僕にも見せろー」

好奇心の強いハルナたちにデジカメを取られてしまったが、和美の心は達成感で満ちていた。

「朝倉さん」

背後から、さよに話しかけられ振り向く和美。

「あの写真、現像したらあんたの机にしまっといてあげるよ」
「はい、大切にしますね」



和美は思った。
この笑顔を、今、写真に収められないことが、ちょっとだけ悔しい。
それほどまでに、さよの笑顔が輝いて見えた。



<中編>

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