明日菜のおみやげ 第六話


2003年4月27日。
麻帆良学園都市内。

まだ夜も開けきらない麻帆良の町並みを、一人走っていた。
日曜版が折り込まれた、普段より重たい朝刊の束もほとんど無くなっていて、配達も残すところあと数件。
修学旅行の翌日ということもあってさすがに疲れがたまっているのか、いつもよりペースが遅く感じる。それでも、日の出前までにノルマを達成できそうだった。
早朝の冷たい空気を少し汗ばんだ肌で感じながら、昨日のことを思い返してみた。






「わすれてたぁぁぁぁ!」

大声を出したことで、かえって思考が冷静になった。
状況を確認。
現在自分のいる位置から、駅売店までおよそ五メートル。
売店から転進。新幹線最寄乗降口まで、こちらもおよそ五メートル。
状況確認終了。
判断は一瞬。
駅売店に向かって突撃を開始。
売店のおばちゃんがこちらに気づく。
驚くさまが見て取れるがそんなことはどうでもいい。
手近にあった一箱八百円(税別)のお菓子を二箱わしづかみにする。
財布からなけなしの夏目先生を二人召喚。
おつりをもらう暇なんてない。
先生方に別れを告げ即座に反転。
ここまで、突撃開始からおそよ二.五秒。
後は一直線に新幹線へ乗り込むのみ。

「ぅうおおりゃああぁぁぁぁ!」

ネギの引きつった顔が近づいてくる。
ネギに体当たりをするような形で、なんとか飛び乗る。
火事場の馬鹿力。
鬼と戦っているときでさえ、こんなに力が出た記憶がなかった。

「ア、アスナさん。ひどいです」

私に押しつぶされたネギが不満を口にするが、そのときの私にはそれに答える余裕なんてなかった。






「ただいま戻りましたー!」

配達を終え、事務所に戻った私を出迎えてくれたのは、私の雇い主であるおじさんとその奥さんだった。

「ああ、アスナちゃん。おかえり」
「おつかれさま。悪いわね、昨日まで修学旅行だったんでしょ? 今日くらいゆっくり休んでもよかったのに」

おじさんとおばさんの労いの声に答えながら、事務所内を見回す。他の配達員のみんなはまだ戻っていない。
よし。
息を強く短く吐き出した後、奥のロッカーから自分の荷物を取り出してきた。

「……あの。おじさん、おばさん。これ、修学旅行のおみやげです!」

話が急過ぎたのか、二人ともきょとんとしている。
私の手には、昨日苦労して買ったおみやげであるお菓子の箱。
どこの観光地でも売っていそうな、地名の入った当たり障りのないものだった。
相手が言葉を返す前に、畳み掛けるようにして話を続ける。

「ごめんなさい! ホントは、もっとちゃんとした京都っぽいおみやげを買ってくるつもりだったんです。けど、旅行中いろいろなコトがあって、おみやげのこと最後まで忘れちゃってて。結局、こんなお菓子しか買ってこれなくて・・・・・・」

いつもお世話になっている二人にはもっと言うべきことがあったんだけど、自分の気持ちが舞い上がっちゃていて、伝えたいことの半分も伝えられてなかった。
中学生の私をきちんと一人前の配達員として認めてくれている二人に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
顔が熱い。
涙がこみ上げてきた。

「今日は日曜だし、学校無いんでしょ。だったら少しくらいゆっくりできるわよね。おもたせだけど、これでお茶にしましょ」
「え? あの……」

いつのまにか、おばさんが私のすぐ目の前まで来ていて、おみやげのお菓子を受け取っていた。
おじさんもこちらに近づいてきて、やれやれといった感じで私の頭に手のひらを乗せてきた。

「アスナちゃん。旅行は楽しかったかい?」



いろいろなことがあった。
関西呪術協会のいたずらにも似た、いやがらせ。
木乃香がさらわれたこと。
みんなが石になっちゃったり、鬼や妖怪とも戦った。
普通の旅行なんてものじゃなかった。

けど。

刹那さんと仲良くなれた。
木乃香の喜ぶ顔が見れた。
みんなとたくさん話をした。

そう。思い返してみれば、いろいろなことがあって……



「はい。楽しかったです!」

心の底からそう思えた。






麻帆良学園女子中等部。
バイト先を出た後、私はそのまま学校へ向かった。
目的は、私の所属している美術部仲間との修学旅行おみやげ交換会。私が教室に入ったときには、すでに三年の部員が全員そろっていた。

「あ。アスナがきたよー」
「アスナおそーい。お先やってるよ」

みんなはそれぞれ買ってきたおみやげを机に広げ、思い思いにつまみながら旅行の思い出話に興じていた。

「あ、マカダミアナッツじゃない。おいしそーね、ハワイのおみやげ?」

私もつまもうかと思い手を伸ばすが、途中で横から出てきた手によって阻まれた。

「だーめ、アスナ。あんたもおみやげ出しなさい。食べていいのはそれからよ」
「ちぇ。しょうがないわね」

手近なイスを引っぱってきて腰掛ける。肩にかけたカバンを一旦下ろし、中身を取り出した。遅れてきたせいもあってみんなの視線が集まる。
さっきバイト先で食べたばかりなんだけど、思っていたより味が良かったのでこれならみんなにも納得してもらえる自信があった。
けど、みんなの反応はバイト先のおじさんとおばさんのものとは全然違っていた。
なぜか一様に表情が固い。

「アスナ。せっかく買ってきてもらったおみやげなんだけどさ……」
「ん、何?」

そのうち一人がようやく重い口を開いた。

「京都っぽくない」



「…………え?」



その一言の感想を皮切りに、他の部員からも芳しくない反応が返ってきた。

「アスナー、せめて八つ橋くらい買ってきなよ」
「なんかこれ、おみやげ買うの忘れてて、最終日にあわてて買って来ましたっていうのがありありと感じられるんだけど」

ううっ。
みんなの容赦ない言葉がグサグサと胸に突き刺さる。
おみやげを買ったときのシチュエーションまで言い当てられてるし。

「ま、アスナに期待してた私達も私達だけどねー」

みんなの言葉攻めはひとまず終わり、せっかくだから私の買ってきたおみやげも食べようという話になった。



けど、みんなの言葉よりも何よりも一番堪える出来事が起こった。



教室のドアを開けた人物にみんなの注目が集まる。

「やあ、みんな。修学旅行は楽しかったかい? 特に大きな事故もなかったようだね」

美術部顧問。高畑・T・タカミチ。
みんなの集まっているほうへ近づいてきて、私にだけこっそりと話しかけてきた。

「お帰り、アスナ君。旅行は楽しめたかい?」

高畑先生に言葉をかけてもらったんだけど、右の耳から左の耳へそのまま流れ出てしまう感覚。
みんなに各地のおみやげを勧められる高畑先生を見ていたら、気を利かせた隣の部員が肘で小突いてきた。

「ほら、高畑先生におみやげあるんでしょ? はやく渡しちゃいなよ」



おみやげ?



だれへの?



ああ、高畑先生へのか……。



は、はは……。



「わ、わすれてたぁぁぁぁぁぁぁ!!」



<第五話>

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