明日菜のおみやげ 第五話


2003年4月26日。
修学旅行最終日。
京都駅。

長かった修学旅行も今日でとうとうおしまい。
やっと家に帰れるっていう安堵感と、もう帰らなくちゃならないっていうさびしさが私の胸の中でごちゃまぜになっている。
みんなも同じ感じみたいで、三クラス分のざわめきが、うれしそうで、さびしそうだった。
駅のホームで、私達が乗り込む新幹線を待ちながら、昨日のことを思い返してみることにした。






「はい。マスターからそのときの様子などを何度か聞いていました」

空は青く晴れ渡っていて、絶好の観光日和。昼過ぎっていう時間帯もあって人出で賑わっていた。
三年坂を登りながら、となりを歩く茶々丸さんと会話をしている。話題はズバリ京都について。

「ふーん、エヴァちゃんて京都に来たことあるんだ」
「はい。百年程前日本を訪れた際、各地を回ったと聞いています。その中でも、とりわけ京都の地が気に入ったと話していました」
「ひゃ、百年前……」

さすが吸血鬼、話のスケールが大きい。
で、当のエヴァちゃんはといえば、私達の前方をネギと歩いている。
ホテル嵐山を出てからというもの、終始ゴキゲンな彼女はネギを相手に楽しそうにおしゃべりをしていた。
もっとも、しゃべっているのはエヴァちゃんばかりで、ネギは聞き役に徹している。
そんな二人のやや後方、私達のちょっと前を図書館探検部の三人、そのすぐ後ろを、このかと刹那さんが歩いていた。
朝倉も一緒についてきているんだけど、あっちこっちふらふらしていて、時折シャッターを切っている。
今どこにいるのかと思えば、エヴァちゃんたちよりもさらに前、階段の上からこちらを振り向きカメラを構えていた。

「京都についての話題は、歴史的建築物に始まり、茶の湯、郷土料理などその内容は多岐に渡っていました。ネギ先生と和解した後から特にこの数日間にかけて、京都に関する話の回数が増えていました」
「この数日間ていうと、私達が京都に来ているときも?」
「はい」

エヴァちゃんが京都の話をしきりにしていたということは、本人はよっぽど修学旅行へ参加したがっていたみたい。
なかなかかわいげのある性格だけど、まあ、そんなことを彼女に言ったらエヴァちゃん自身、全力で否定するだろうけどね。

「なーなー、アスナ。あれ見てみい」

いつの間に追いついたのか、このかが前のほうを指差して話しかけてきた。

「あんな楽しそうなエヴァちゃん見るの、ウチはじめてやわ」

このかの指差した先では、エヴァちゃんとネギが路地に面した店先で商品を眺めながら会話をしていた。
二人とも似たような背丈なので、後ろから見るとお似合いのカップルに見えてきてしまう。

「確かに、今までのエヴァンジェリンさんのイメージからはずいぶん違った印象を受けますね」
「せっちゃんもそう思うやろ? なんやあの二人、お似合いのカップル見たいやわ」

う、このかも私と同じことを考えてたみたい。
そうこうしているうちに、エヴァちゃんたちの会話が聞こえるくらいまで追いついた。

「ほら、ぼーや。これが八つ橋だ。食べたことあるか?」
「あぶぶっ。いきなり口に押し込まないでくださいよー」



うーん、なんだろう。あの戦いの後から、ちょっと最近のコトが思い出せなくなってきてる。
なんかすごく見たことのある光景なんだけど、どこで見たことか思い出せない。あ、あれか、未来のことを夢で見るっていう、あれ。

「で、でじゃびゅ?」
「なにゆーとるん、アスナ。一日目に桜子とネギ君が似たようなことしとったやない」

腕を組み、うんうん唸っていると横からこのかの助け舟がきた。

「あ、そうか。ありがと、このか。なんか最近、物忘れが激しくて」
「ええて。それより、ネギ君大丈夫やった?」

ネギはしばらく咳き込んでいたが、特に怒った様子もなくこのかにに振り向いた。

「はい、ありがとうございます。このかさん」



そして、今度は私に向き直り、



何か重要な一言を口にした。



「そういえばアスナさん、ずっと気になってたんですけど、■■■■、誰に買うんですか?」



あれ?
まただ。物忘れなんてものじゃない。
記憶にもやがかかっている感じ。
何か、大切なことを忘れている。
思い出せないでいる。
何だっけ……。






電車の発車ベルが聞こえる。
ホームには私一人だけ。
あれ? 他のみんなは?

「アスナさーん! 何やってるんですか? 早く乗ってくださーい!」

向こうのほうから、ネギの悲鳴にも似た声が聞こえる。

あー、やめやめ。
いい加減、現実逃避をするのはやめにしよう。
冷静に現状を把握してみる。

私の乗るべき新幹線の発車ベルが鳴っている。
つまり、もうすぐ出発してしまう。
そして、思い出した。
今まで胸の奥で引っかかっていたこと。

「おみやげ」

そう口に出したとたん、背中を生暖かい刃物の腹でなでられる感触。嫌な汗が吹き出る感じ。

大きく息を吸い込む。

「わすれてたぁぁぁぁ!」



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