明日菜のおみやげ 第四話


2003年4月25日。
修学旅行四日目。
京都、ホテル嵐山。

四日目も班別自由行動の日程なんだけど、私とネギ、このか、刹那さんの四人は、布団の上で寝そべって休んでいた。
だらしないと言われるかもしれないけど、この状態がこの上なく気持ち良いから見逃してほしい。
そんなまどろみの中、私、神楽坂明日菜は昨日からの出来事を振り返っていた。
とにかく長くてハードな一夜だった。まさか、修学旅行で妖怪退治をする破目になるとは思わなかったし。たった一夜の出来事なのに三ヶ月くらいかかったような気もする。
最終的には、助っ人として駆けつけてくれた皆のおかげもあって問題も無事解決、めでたしめでたしだったわけだけど、本当に疲れた。
本当に疲れたから、こうして今皆も布団の上に寝そべっているんだけどね。






「うーん、それなりに楽しかたけど、チョット暴れ足りない気もするアル」

私の隣で、そんな物騒なことを言っているのはくーふぇ。
私達は今、このかの実家、つまり関西呪術協会の総本山からホテル嵐山へ帰る電車の中にいる。
乗降口の脇、二人掛けのイスにわたしとくーふぇが座っていた。
通勤、通学の時間には遅くて、私達みたいな観光客が動き出すには早すぎる時間。乗客はまばらだった。

「たしかに面白い連中だったが、私は報酬分だけやれればいい」

私達の座っているイスの手すりに寄りかかるようにしていた龍宮さんが、背中越しにくーふぇに答える。

「うーん、拙者も正直なところ、少し暴れ足りないでござるよ」

くーふぇの前、つり革につかまっていた楓ちゃんが会話に乗ってきた。
窓から差し込む日差しがまぶしいのか、細い目をいつもより細めている。

「冗談言わないでよ、こっちはホントに危なかったんだから」

危なかったと言えば、今回はネギが一番危なかった。
白髪の少年が使った石化の魔法のせいで、危うく死んじゃうかもしれなかった。このかの力のおかげで何とかなったけど、できればこんな危ない橋はもう渡りたくないわね。
そのネギはと言えば、隣のボックス席でこのかや刹那さんたちと話をしていた。
通路を挟んで反対側のボックス席には、本屋ちゃんたち図書館探検部のみんなと朝倉がいて、パルが昨日の事について、夕映ちゃんにしきりに質問をしていたけど、朝倉が言葉巧みにはぐらかしているようだった。
エヴァちゃんたちは、なぜか隣の車両に乗っている。みんなと一緒にいればいいのに。

「結果オーライアル。そういうアスナも結構楽しんでなかたアルか? 私の目から見て刹那といいコンビだたアルよ」
「確かに。とても素人とは思えない動きだったな。修練しだいでは、かなり稼げるレベルまでいけるかもしれないぞ。もっとも、下着を着けずに戦って男共の視線を奪うやり方は真似したくないが―――」
「ギャー! それ以上言わないで!」

うー、やっぱり見られてた。鬼に見られるより、クラスメイトに見られたほうがよっぽど恥ずかしい。
「我が魔眼からは逃れられん」
龍宮さんの背中がそう語っている気がした。

「まあまあ、落ち着くでござる。しかし、それほどの素質があるとは。拙者も興味が出てきたでござるな。どうであろう、今度落ち着いたときにでも一度手合わせを。もしくは、一緒に修行をしてみぬでござるか?」

どうどう、と楓ちゃんが立ち上がりかけた私をなだめる。

「手合わせは、えっと、遠慮しておくわ。私なんかじゃ手も足も出なさそうだし。あと、修行ってあれよね?学園の近くの森でキャンプするやつ」
「きゃんぷ……。まあ、平たく言うとそうでござるな」

思い出した。ネギがエヴァちゃんのことでウジウジ悩んでいるときに、突然飛び出していったときのことだ。
そのときの苦い経験が一瞬のうちに頭の中によみがえる。

「……ゴメン、修行も遠慮しとく。もう森の中で遭難したくないし。……あのときは一晩中歩き続けで、正直ダメかと思ったわ」

そんな自虐的な言葉とともに、重く沈んだ空気が私を中心に広がっていく。

「アハハハ、アスナ遭難したアルか? すごいのか、バカなのかわからんアル」

けど、そんな空気を読めないバカが一人。

「うるさいわね、好きで遭難したんじゃないわよ。ネギのヤツが心配で―――」

と、思わずこぼしそうになった。

「ん? ネギ坊主がどうしたアルか?」



そう、ネギのことが心配だった。いくら頭がよくて、先生をやっているっていっても、まだまだ子供。
その子供のネギが、先生の仕事にしたって、今回の親書の件、このかの件にしたってそう、何もかも一人で背負い込もうとしちゃう。
私自身、ネギの保護者を気取っているけど、はっきり言って役に立っていなかった気がする。
狗神使いの少年は結局ネギがやっつけたし、鬼に囲まれたときだって刹那さんがいなかったら、私一人じゃどうしようもなかった。



「アスナ? おーい、どうしたアルかー?」

私の目の前を、くーふぇの手のひらが往復している。

「ねえ、私って役に立ってるのかな……?」

くーふぇの手が止まる。

「アスナ?」
「今回の関西呪術協会とのいざこざで、私ってあんまり役に立ててなかった気がする。このかはさらわれちゃうし、皆が助けに来てくれなかったらどうなってたかわからなかった。ネギが石になって危なかったときだって、私、何もできなかった」

うつむいていた私の肩に、誰かが手を置いてきた。

「そう気に病む必要はござらんよ」

顔を上げると、楓ちゃんの顔が目の前にあった。ひざを曲げかがんだ状態でさらに私に語りかけてくれる。

「何でも完璧にできる人間などいないでござる。誰でも、できないことのひとつやふたつ、あって当然でござる。ネギ坊主が石になったとき、あのエヴァ殿ですらおろおろしてたでござるよ」

楓ちゃんの言葉が暖かかった。
そして、自分の間違いに気づいた。もしかしたら、何もかも一人で背負い込もうとしているのは、私なんじゃないかって。

「何をそんなに悩んでいるかは知らないが、今回はよくやったよ。あれだけの鬼や妖怪に囲まれて逃げ出さなかっただけでもすごいことだ。胸を張って誇っても、誰も文句は言わないよ」

首だけ振り向いて龍宮さんが言う。心なしか表情が柔らかい。

「あ、ありがとう……」

なんだか、悩んでいたのがバカみたいに思えてきた。
こんなにも頼もしい仲間がいるんだ、自分ひとりで重い荷物を背負い込むのはヤメにしよう。

「しかし今回の活躍、コトがコトだけに、おいそれと人に話すことができないのが残念と言えば残念かな」
「うむ、みやげ話にはできぬでござるか」



…………あれ?
何か今、とても大事な言葉を聞いたような気が……。



「お、アスナまた固まったある」
「そろそろ、駅に着くでござるよ。戻ってくるでござる」
「いったいどうしたんだ? 悪いものでも食べたか」







電車での三人との会話は私の心をほぐしてくれたような感じだった。ホントに三人と話ができてよかった。
けど、何か引っかかるものがある。
何だろう、思い出せない。
のどの辺りまで出かかってるのに。
うーん、ま、いいか。
そのうち思い出すでしょ。



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