Shake!! 第一話


とある日曜の正午をやや過ぎた時間。
麻帆良学園内食堂棟に程近い広場に、宮崎のどか、綾瀬夕映、早乙女ハルナの三人の姿があった。
三人は、広場に備え付けてある四人掛けの木製のテーブルに陣取り昼食を摂ろうとしていた。
彼女らのほかにも、テーブルや芝生の上で昼食を摂っている生徒の姿がちらほらと見受けられ、その生徒が身に着けていている服装は、私服であったり制服であったりさまざまであった。

「さってと、なんだかお腹空いちゃったわ。早く食べよ」

コーヒーショップの紙袋から中身を取り出しながら、ハルナが誰にともなく言う。部活の用件で登校をしたためか、三人とも制服に身を包んでいた。

「うん。今日は天気もいいし、ご飯を食べ終わったら少し本を読んでいきたいね」

ハルナの隣に腰掛けたのどかが答える。のどかもコーヒーショップの紙袋から、飲み物とサンドイッチを取り出した。

「ですがのどか、ネギ先生に会えなかったのは残念でしたね。このかさんの話によれば、ネギ先生は今日学校に来ているそうです」

ハルナの正面に座った夕映がのどかに話しかけた。夕映も他の二人と同じくコーヒーショップの紙袋を持っていたが、そこから取り出したのはサンドイッチだけだった。
飲み物はすでにテーブルの上においてあり、その紙パックのプリントから「スパークリング・パンプキン」の文字が読み取れた。

「べ、別に今日でなくても、ネギ先生とは毎日学校で会えるから……」

夕映の言葉を受けて動揺した素振りを見せるのどかに、ハルナが追い討ちをかける。

「ダメよ、のどか。こういう休日の学校っていうシチュエーションなんてあんまりあるもんじゃないわ。こういうところでしっかりポイントを稼いでいかなきゃ」
「ハ、ハルナまで……」

二人のおせっかいにも似た励ましの言葉に、のどかはただたじろぐ事しかできなかった。
この状態になった二人を止めるのは至難の業で、昼食を摂ろうとしていた手は完全に止まってしまった。
ところが、こののどかの窮地を思いがけない人物が救うことになる。

「おや、バカリーダーではござらんか。それに、図書館島探検部の皆も」

長瀬楓。
中学生とは思えない体格を誇る、三人のクラスメイトの一人。
三年に上がる直前、学年末試験の際の一件で、図書館島探検部とはある種の連帯感のようのものが生まれていた。
その中でも特に、同じバカレンジャー同士の夕映とは一際であった。

「楓さん、こんにちはです。珍しいですね、休日に学校にいるのは」
「ふむ、ちと部活の所用で。そういう夕映殿たちも、部活がらみの用件でござるか?」

制服を着ていた楓は、自分と同じく制服姿の三人が学校にいる理由を聞いてみた。
楓の問いに答えたのはハルナだった。

「そ。でなきゃ今頃こんなところにいないわよ。締め切りも近いっていうのに。あ、そうだ。楓さんもどう? お昼一緒に食べない?」
「よいのでござるか? お邪魔でなければ、ご一緒させていただくでござるよ」

ハルナに誘われた楓は夕映の隣に座り、カバンの中から紙袋を取り出した。さらに紙袋の中からアルミホイルに包まれたおにぎりを数個取り出す。
と、ここで楓は気が付いた。
飲み物がない。

「む、拙者としたことが飲み物を忘れていたでござる」

照れ隠しに頭をかきながら言う楓に、夕映が助言する。

「すぐそこに私がよく利用する自動販売機があるです。そこで適当に見繕うといいです」

表情を明るくした楓がポケットからがま口を取り出し、飲み物を買うため立ち上がる。

「おお、ほいでは、さっそく。ところで、その自動販売機とやらはどこに……」

言いかけた楓だったが、自動販売機の所在を問う言葉を最後まで口にすることができなかった。

「おれは、ここだぁぁぁぁぁぁぁ!」

と、自動販売機が叫ぶわけがないのだが、叫んでいるような気がしてならない。
席を立った楓の視線の先には自動販売機があった。しかし、その自動販売機には他と違うところがあった。

ビビッドピンク。

付き刺すような刺激的な色彩、とても目に優しくない。加えて広場に自生する植物の緑との補色効果もあり、滅茶苦茶に目立っていた。

「………………」

楓の頬を冷や汗が一筋伝っていた。
がま口が楓の手からこぼれる。

――何でござるか? この物体は。
――何故、こんな目立つ物体に気が付かなかったのでござる?

商品の見本が並んでいるのが見える。
什器の下のほうには商品の取り出し口もある。
どう見ても自動販売機のほかに考えられない。

――だが、何でござろう? あの色は。
――それと、夕映殿はこう言っていなかったでござらんか?

「―――私がよく利用する自動販売機が―――」

――いったいこの自動販売機には、どれほどの危険が潜んでいるのでござるか?

ゴクリ、と楓の喉元がひとつ動いた。

「どうしました? 楓さん。あ、なるほど。どれを買おうか迷っているですね? では、わたしのオススメのジュースを教えるです」

立ち上がったまま固まっていた楓を不思議に思ったのか、夕映も席を立ち楓のそばまで近寄ってきた。ハルナ、のどかもあとに続く。

「………………」

――抹茶コーラ。
――思えば、図書館島での一件の直前、夕映殿はそんなジュースを飲んでいたでござる。しかも、紙パック。なおかつ、風呂場で。
――あの時は非常に驚いたでござる。
――ネギ坊主が魔法使いとわかったときよりも驚きの度合いが強かったような……。

――そんな夕映殿が利用する自動販売機、いったいどのような脅威が待ち受けているかわかったものではないでござる。
――ここは多少遠くても、他の自動販売機か茶店でも探してお茶でも……。

はっと気が付く楓。
その目に飛び込んできたのは、自分のがま口。そのがま口を手にした夕映。そして、夕映の前に聳え立つビビッドピンク。

「うわー。さすが夕映御用達なだけあるわね。すごい品揃えだわ」
「ゆえゆえー。どれがオススメのジュースなの?」
「そうですね。楓さんのおにぎりに合わせるのであれば、この『つぶつぶピーナッツ』などがオススメです」

次の瞬間、楓は自動販売機の裏側にいた。その手には自分のがま口。
「入り」、「抜き」ともに完璧な瞬動であった。
楓の息はあがっていた。普段の楓であれば瞬動の一度や二度なんということもないのだが、今回は場合が場合である。
普段冷静な楓をここまであせらせるに必要なものを、このビビッドピンクが持っていたということだろう。
一方の三人は、突然掻き消えた楓のがま口に途方にくれていた。

「……おかしいですね。今の今まで、確かにこの手に持っていたはずなのですが」
「ゆ、ゆえー。どうしよう。お財布見つからなかったら、大変なことになっちゃう」
「あれ? でも、当の楓さんがいないんだけど。どこ行っちゃったのかな?」

当面の危機が回避されたため、楓は少し息を落ち着けてから三人のいるほうへと歩き出した。

「夕映殿。拙者に断りもなく、勝手に飲み物を選ばないでほしいでござるよ」
「楓さん、なぜ自動販売機の裏から? いえ、それはともかく、勝手に話を進めてしまった件については謝るです。すみませんです」

夕映としては、自分のよく知る自動販売機に話が及んだため、少し張り切りすぎてしまったのだろう。
また、楓も夕映の謝罪を受けて心に平静を取り戻したのか、改めて自動販売機に対して冷静に分析を行い始めた。

「ふむ。よくよく見れば、全部が全部トンデモジュースというわけでは無いようでござるな」
「トンデモジュースとは失礼な……。ですが、確かに普通の自動販売機では見かけないジュースばかりというのは確かです」
「それでもやっぱり、まともそうなジュースのほうが少ないわよ。これ」

ハルナの指摘ももっともで、この自動販売機のラインナップには、所謂普通のジュースが存在していない。
オレンジ、アップルなどのフルーツジュース系、スポーツドリンク系、コーヒー、紅茶、お茶系などのオーソドックスな飲み物がことごとく無かった。
それでも何か無いかと探していた楓の目に、あるジュースが目に留まった。

「『ときめきココナッツ』……。何故でござろう、とても惹かれるでござる」
「楓さん。それはシャレになりません。やめておくです」
「あれ? でも、これ、売り切れだよ。人気があるのかな?」

比較的まともそうなジュースが見つかったが、残念ながらのどかの言葉どおり売り切れだった。
次に目星を付け、声を上げたのはハルナだった。

「ねー、夕映。この『カレークリームスープ』なんて、割とまともそうじゃない?」
「確かに初心者向けではありますね」
「あれ? ということは、夕映。これ、飲んだことあるの?」

もちろんです。という答えが、ほぼ即答に近い早さで返ってくる。

「この自動販売機のラインナップは入れ替わりが激しいのですが、新商品が出るたびにチェックをしているです。」

やる気に満ちた瞳をした夕映が、小さく握りこぶしを作りながら力強く言った。
だが、表情はあまり変わらず遠目不機嫌にも見えた。

「しからば夕映殿。この『カレークリームスープ』とは、どのような飲み物でござるか?」

少しでも情報が欲しい楓にとって、夕映のもたらす感想は判断材料としてこれ以上ないものだった。だが、彼女の答えはさっぱりとしたものだった。

「はやく言ってしまえば、カレーうどんの汁です。しかも、『あったか〜い』ならまだしも『つめた〜い』に入っていますから、その味は推して知るべし、と言ったところです」

楓は夕映の言葉を聞いて、購入を断念した。いやむしろ、避けたというべきか。
次にのどかが候補を挙げた。

「ゆえー。この『プリンシェイク』ってどんなジュースなの?」

その言葉に、楓は夕映よりも速く反応した。
のどかの指差す先にそれはあった。
缶の中央にプリンのイラストが描かれており、他のジュースより比較的安全な雰囲気をかもし出していた。

だが、安全かどうかなど二の次であった。
楓の心は決まっていた。
夕映がこの「プリンシェイク」に関するコメントをしているが、楓の耳には入ってこなかった。

――プリンシェイク。
――これは運命というものでござろうか?
――拙者はこのジュースに出会うため、この麻帆良に来たのかもしれない。

大げさな考えに囚われている楓には、冷静な考えができなくなっていた。
おもむろにがま口を開く。そこには、十円玉が二枚と、五円玉、一円玉がそれぞれ一枚ずつ。
楓の頭の中は、その瞬間真っ白になっていた。

「楓さん? どうかしましたか。今日の楓さんは、少し様子が変ですが」

楓の先ほどからの様子を訝り、夕映が問いかける。

「はっ。いや、なんでもないでござる。と、それと、すまぬでござるが急用を思い出したゆえ、拙者これにて失礼するでござる」

言うや否や、テーブルの上に広げていたおにぎりをカバンにしまいこみ、あっという間にいなくなってしまった。
残された三人は、常ならぬ楓の様子を不思議がりながらもテーブルに戻り、とりあえず昼食を再開させるのだった。

「んー。でも、いったいどうしちゃったんだろうね? 楓さん」
「『プリンシェイク』の話が出たとたんに、慌てだした気がするけど、本当にどうしたんだろう? ゆえ、何かわかる?」
「うーん、正直分かりませんです。ただ、楓さんがプリンを嫌っているという話は、聞いた事がありません」

三人寄ればなんとやら、とは言うものの、人の心の機微までも分かるわけではないのであった。






ちなみに楓はというと、寮の自室まで飛んで帰ってきたまではいいが、ルームメイトの鳴滝姉妹につかまってしまった。
結局その日一日は再び学校まで出かけることができず、プリンシェイクは翌日に持ち越しとなってしまった。



「明日こそは、必ず!」

楓は、心にそう誓ったのだった。



<第二話>

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