Shake!! 第二話


翌日、月曜日。

「みなさん。おはようございます!」

元気な声とともに、ネギが教室のドアを開け入ってくる。

「あいあい。おはようでござるよ、ネギ坊主!」

ネギの挨拶にいち早く答えたのは楓であった。
普段ならば、座席の最前列に座っているまき絵やいいんちょ、もしくは桜子あたりがネギを待ち構えて挨拶をしていた。
だが、今日は様子が違い、ちょうどネギが来たときに楓がドアの付近にいたため、先ほどのような挨拶が交わされたのであった。

「はい、みなさーん。席に着いてくださーい」

教卓に着いたネギが教室全体を見回す。
今日もみんな、元気に登校してきている。「全員出席」の旨を書き込もうと、出欠簿を開こうとするネギに唐突に声がかかる。

「ネギ坊主! 今日も全員出席でござる!」

ネギが顔を上げると、そこには右手を大きく振り回しながら、元気一杯をアピールしている楓の姿があった。そして、それに食って掛かる斜め前の席に座るいいんちょ。

「ちょ、な、長瀬さん。それは、私の役割ですわよ」
「いやー、今日もいい天気でござる。いっそのこと、この空の下で授業をしたいものでござるなー」

いいんちょの猛抗議を前にしても、楓はたじろぐことなく、教室の窓から外の様子を見やり、誰にともなく話しかけていた。
ここにきて、さすがのネギも楓の様子がおかしいことに気が付いた。異常にテンションが高いのである。

「あの。楓さん、何かあったんですか?」

ネギは教室の最前列に座る小柄な少女に話しかけた。彼女は女子寮における楓のルームメイトである。

「それが、私たちにも分からないんです。昨日、学校から帰ってきてから、なんとなく様子がおかしくて。それに、ゆうべは一睡もしていない感じでした」

「私たち」と言ったのには理由がある。もう一人のルームメイトである、彼女の双子の姉にも、その原因が分からないためであった。
また、楓の様子を注意深く観察すると、たしかに目の下にクマがある。肌も脂ぎっており、おそらく目も血走っていることだろう。
肉体的には非常に疲れている。にもかかわらず、やる気が体中にみなぎっている。
すなわち楓は、軽い「躁」状態にあった。

「ん、あれ? 史伽さん? ダメじゃないですか、勝手に席を取り替えちゃ」
「ネギ先生。今頃気付かれたのですか?」

史伽の後ろの席にいる刹那から、ため息混じりにツッコミを受ける。本来風香の座っている席に、妹の史伽が座っていたことにようやく気付いたためだ。
この双子の姉妹は、時折こうして席を入れ替えていた。

「じゃあ、風香さんは……」

風香は楓のひとつ後、史伽の席に座っていた。ただ、その表情には普段の明るく快活なイメージはなく、楓の普段からは考えられない奇行を目の当たりにしたために、いびつに強張って見えた。
楓は、カラカラと高笑いをしている。

「ネギ先生。どうします? このままでは授業を始めることができませんが」

刹那がネギに問いかける。
風香や史伽ほどではないにしろ、他のクラスメイトも楓の普段とのギャップに戸惑いを見せ始めていた。
確かにこのままでは授業を始めるどころか、ホームルームを終わらせることすらできない。

「ええと、どうしましょう? 刹那さん」

楓の常ならぬ様子に気圧されたネギは、素直に刹那に助けを求めた。
楓は、隣の席に座る夏美の肩をバンバン叩き、自分のゴキゲンさをアピールしている。もちろん、高笑いは忘れていない。
まるで酔っ払いである。このままでは勢いに乗って分身までしかねない。

「そうですね。これはもう、緊急事態といっていいでしょう。手段を選んでいる場合ではないようですね」
「え?」

刹那の言葉に不穏な空気を感じたネギを捨て置いて、彼女は教室のほぼ対角線上、教室の窓際後方へ向かって目配せをした。



―――キュンッ



胸の高鳴る音ではない。
空気と金属とがこすりあわされる音がして、楓は机に突っ伏したまま動かなくなった。

教室が静寂に包まれる。


「か、楓姉えぇぇ!」

つかの間の静寂を破ったのは、風香だった。
その声につられるようにして、教室中が騒がしくなり始める。
それを鎮めたのは、普段あまり声を発しないクラスメイトの一人だった。

「みんな! 安心しろ! 今のは、ただの麻酔弾だ。十分もすれば目が覚める」

真名のその手には、コルトガバメント「US M1911」。無論サイレンサーが付いている。

「なんだ、そっか。びっくりして損したよ」

風香を始め、その言葉に納得したのか教室中が落ち着きを取り戻していった。
ただし、落ち着くことのできない人物が一人。

「な! え、あ、あれ!?」
「ネギ先生、落ち着いてください」

目の前で起こった、突拍子もない出来事にネギは言葉を失っていた。刹那の声も届いていない。
そのネギに追い討ちをかけるように、真名は左腕を伸ばす。人差し指、中指、薬指を使い「三」を表した。

「?」

ブイサインではない。数字の「三」である。
それを見た刹那は、ほっと胸をなでおろした。

「よかったですね、ネギ先生。思ったより安く上がりました。 おそらくサイレンサーはサービスでしょう」

一安心している刹那をよそに、ネギは、その混乱状態を極めていた。

「そ、そうじゃないですよ刹那さん! ていうか、みなさん。なんでそんなに落ち着いているんですか!! あ、いや、そもそも、三っていくらなんですか? もしかして、僕が払わなくちゃいけないんですか〜!?」

一人狼狽するネギと麻酔弾に撃たれた楓を置いて、クラスメイトは一時間目の授業の準備を着々と始めるのであった。



追記:楓は結局その日、一睡もしていないこともあり。放課後まで目覚めることはなかった。



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