はんなり探偵 木乃香の事件簿(仮) 前編


気持ちのよい青空が広がる、ある日曜日。
日差しは暖かく風も穏やかで、絶好のお出かけ日和である。
にもかかわらず、麻帆良学園中等部女子寮の一室で一人黙々と作業をこなしている生徒がいた。
別に不健康な引きこもりというわけではない。むしろ、彼女の行っていることは健康的そのものであった。

「んー、ええ天気やなー。絶好の洗濯物日和やー」

近衛木乃香。
長い黒髪が美しい少女で、流暢な京都弁が彼女自身の美しさを引き立たせている。



――この物語は、彼女が挑んだ難解な事件を綴ったものである。



「さて、次は部屋の掃除や。この際、まとめて片付けてしまったほうがええな」

腕をまくりなおし掃除機を取り出した。一人部屋の掃除に取り掛かる。
ちなみに、彼女の同居人であり担任の先生でもあるネギ・スプリングフィールドはというと、所用で学校へ出向いていた。

「ちょっと、このかー。せっかくの日曜日なんだから、気持ちよく二度寝させてよー」

唸り声を上げる掃除機にたたき起こされ、不機嫌この上ない表情で不満を漏らす少女。
もう一人の同居人、神楽坂明日菜である。
早朝の新聞配達のバイトから帰ってくるや否や、ベッドにもぐりこみ二度寝を決め込んでいた。

「あかんえ、アスナ。せっかくの日曜日やからこそ、時間を大切に使わな。ほら、ちゃっちゃと起き」
「うー」

ベッドから這い出し、ハシゴから降りてきたアスナを確認すると、木乃香はネギの部屋ともいえるロフトへと向かった。

「なんや、きれいに片付いとるな。とても十歳の男の子の部屋とは思えへんな」

ハシゴを使いロフトへと上ったはいいが、木乃香の予想以上に部屋が片付けられている。木乃香にとっては、何もすることがなくなり拍子抜けの形となってしまった。
それでも木乃香は、せっかく上ったこともありそのまま下りるのがもったいなく思えてきた。

「へー、魔法学校の卒業証書かー。どんな勉強しとったんかなー。ん? なんやの、これ」

なんともなしにネギの部屋を眺めていた木乃香であったが、本棚に視線を向けたとき目に留まる本があった。
他人の部屋にもかかわらず、その本を見てみたいという衝動に駆られた木乃香は、本棚から抜き取ることを止められなかった。
表紙を見て愕然とする。

「な、な、なぁぁぁ!」






第一回 643号室 緊急家族会議

部屋のドアに貼り紙がなされている。
だからといってどうと言う事はないのだが、こういうのは雰囲気が大事、とは貼り紙を作った本人の談である。

「何よ? この家族会議って」
「えーやん、ウチ一度やってみたかったんや」

二度寝を邪魔され未だ不機嫌なままの明日菜のツッコミに対し、木乃香はさらりと自分の主張を押し通した。
バイトで着ていたジャージ姿のままの明日菜は、テーブルにあごを置きあくびを一つ。

「けどよー、兄貴がいねーぜ? 家族会議って言うんなら、全員揃ってねーと意味ねーんじゃねーのか?」

ネギの使い魔、オコジョ妖精のアルベール・カモミール。
彼も暦としたこの部屋の一員である。
テーブルの上にあるタバコの箱に寄りかかりながら、紫煙を一つ。

「そうよ、ネギがいないのに会議を開いたって意味ないじゃない」
「あかん! 会議の議題はそのネギ君のことや! 今ここでネギ君の教育方針をきめとかな。今後のネギ君の成長にかかわる一大事や」

木乃香にしては珍しい我を抑えない物言いに、明日菜とカモも居住まいを正した。
木乃香は軽く咳払いをし、一人と一匹の注目が自分に集まっていることを確認したあと、いよいよ話を切り出した。

「本題に入るえ。まずはこれを見て欲しい」

木乃香が取り出したのは、一冊の雑誌だった。
しかし、ただの雑誌ではない。
女性の裸が載っているもので、木乃香が持ち出すのにふさわしくない、つまりそういう雑誌である。
雑誌を見た反応は一様に、「驚き」の一言で表すことができた。

「このか姉さん。まさか、こんな趣味があったとは……」
「カモ君?」

カモの一言に対し、木乃香はツッコミ専用のトンカチをちらつかせた。満面の笑みを浮かべながら。

「ひぃ! わ、悪かった! と、ところで、この雑誌は問題だよな」
「たしかに、この雑誌は問題や。けどな、この雑誌が見つかった『場所』のほうが問題なんや」

カモは木乃香の言葉を聞いて、木乃香が何を言わんとしているのかを悟った。
雑誌の見つかった場所、会議の議題の内容。
これら二つの事柄から導き出される結論。
つまり。

「この雑誌、兄貴の物ってことか?」






部屋を重い空気が締めていた。
いままで、「純真無垢」「清廉潔白」を地で行っていた人物に、疑念が湧いたからである。
三者三様の難しい表情をしながら、誰かが口火を切るのをお互いが待っている。
長い沈黙の後、オコジョ妖精が発言をした。

「兄貴は洋物が好みか……」

ハリセン一閃。
カモは宙を舞った。
落下したカモは何とか起き上がるも、既に足にきていた。
口元を前足で拭う動作をしながら、それでも自分のキャラクターを崩そうとしない。

「姐さん、少しは遠慮って言葉を憶えた方がいいぜ」
「じゃあ、あんたは少し真面目って言葉を憶えなさい。それに、ネギはもともとイギリス人でしょうが」

エロオコジョに対し、きつく言い放つ明日菜。こめかみに青筋が見える。

「カモ君、アスナの言うとおりや。問題はそんなことやあらへん」

テーブルの上まで戻ってきたカモに、木乃香は注意をする。
あくまでネギのことを心配しての発言にカモも感じ入ったのか、表情を引き締めて再度発言をした。

「そうだな、問題はそんなことじゃねえ。むしろ、姐さん方と同い年くらいの女の子しか載ってねえってのがも――」

再び一閃。
カモが宙を飛ぶ。
壁にぶち当たったあと、そのまま落下を始めた。

「……姐さん、『気』を使うのは良くねえな……。俺っちも体がもたねえ……」
「あら、心外ね。これでも手加減してたのよ、なんなら『魔力』を合わせてもよかったんだけど」

ここにきて、ようやくカモも態度を改めた。これ以上続けていては、自分の身が危ない。
なにより、次は本気だと、アスナは口よりもそれ以上に目で訴えていた。
再びテーブルの上に戻ってきたカモが、話を前に進める。

「けどよー、実際兄貴も男だぜ? こういうのに興味を持ってもおかしくねーぜ」

会議出席しているメンバーの中で唯一の男性としての意見であったが、二人の反応はあまり良くない。
あきらかに、目の前の雑誌に嫌悪感を示している。
アスナは特にそれが顕著であった。

「何言ってんのよ。ネギはまだ十歳よ? 興味を持つにしてもまだ早すぎるわよ」
「せやな、いくら男の子ゆうたかてまだ十歳や。この雑誌は没収ということでええかな?」

しょうがない、とカモもうなずいたのを確認して、木乃香はさらに話を進める。

「さて、もう一つ解決せなならない問題があるんやけど、ええかな?」
「え、まだあるの? その雑誌以外にいったい何を隠し持っていたっていうのよ」
「ちゃうちゃう、見つかったのはこれだけや。
 問題いうのはな、『ネギ君が、どうやってこの本を手に入れたか』や」

木乃香の言葉に、二人はドキリとする。
木乃香の考えはこうだった。
今まで、ネギのことを疑ってかかっていたが、どうも矛盾が生じてくる。
よくよくネギの性格を考えてみると、彼が自分からこのような雑誌に手を伸ばすとは考えにくい。
では、何故ネギのロフトから雑誌が発見されたか。
もしかすると、第三者がネギに関わっており、その第三者の手によって雑誌がもたらされたのではないか。
表情から察するに、お互い示し合わせていないが、明日菜とカモの考えはほぼその方向で一致しているようだった。

「いったい誰でぇ! 純真無垢な兄貴の心を汚そうとするやつは!」

激昂したカモがテーブルを右前足で叩きながら、怒鳴る。

「あんた、自分が限りなく黒に近いグレーだって自覚してる?」

明日菜の突き刺すような言葉に、頭に上った血が一気に冷めていくカモ。
明日菜は言わずもがな、木乃香のカモを見るまなざしにも疑いのそれがあった。

「あ、姐さん方……、もしかして俺っちのことを疑っているんじゃ……」
「あったり前でしょ! あんたには前科があるんだから。あんたがいなけりゃ、ネギが何人もの女の子と『仮契約』してないわよ」
「んー、ごめんなカモ君。ここは一つ、事情聴取をさせてもらうえ」
「そんな! このか姉さんまで」

にこやかに宣告をする木乃香の隣で、パキパキと指を鳴らす明日菜。

「さ、エロオコジョ。覚悟はいいかしら?」






ここに、「ネギ君のHな本事件」の調査が始まりを迎えたのであった。



<中編>

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