はんなり探偵 木乃香の事件簿(仮) 中編


ネギのロフトから、Hな本が見つかった。
ネギがこんな本を自分から欲しがるとは思えない。そう判断した木乃香は、犯人探しに乗り出すことに。
第一容疑者は、ネギの使い魔、オコジョ妖精「アルベール・カモミール」。
しかし、取調べの結果は白に近い「グレー」。
これにより、捜査は新たな局面を迎えるのだった。






「いやー。これで俺っちの身の潔白が晴れて証明されたわけだ」

晴れ晴れとした表情で食後の一服をしているカモに対して、明日菜はきつく言い含める。

「勘違いするんじゃないわよ。とりあえず保留にしているだけなんだからね。大体、このかは納得しても私は納得しないわよ、あんな説明」

カモは自分自身に疑惑が向けられたあと、とっさに身の潔白を証明するため、演説にも似た説明をぶっていた。

曰く、兄貴にはあんな本じゃなく、きちんとした女の子に興味を持たせたい。
曰く、自分の目的は仮契約であって、兄貴をエロの道に引きずり込むことではない。

あまり褒められた動機と目的ではないが、今回のHな本とは無関係として、家族会議議長の木乃香から判断保留を言い渡されていた。
疑わしきは罰せず。

「分かってるって、姐さん。俺っち自身のためにも、真犯人の解明に全力で手伝わせてもらうぜ。なあ、このか姉さん。犯人の目星はついてるんだろ?」

タバコの火を器用に消しながら、昼食の片付けと洗い物を済ませ居間へと戻ってきた木乃香へと問いかける。
ところが、木乃香の反応はぱっとしない。

「んー、何人か気になる人物がおるんやけど、いまいち確証がなくてなー」
「何言ってんだよ、このか姉さん。確証がないなら呼び出してとことん調べるしかねえって」
「うん。それもそうやな。ほな、カモ君。容疑者をリストアップするから呼んできてな」
「がってんでえ」

カモの言葉に押されるように心を決めた木乃香は捜査へと乗り出した。
木乃香からリストを受け取ったカモは、部屋を飛び出していく。

「ちょ、ちょっと、このか。呼び出すって、やりすぎじゃない? ネギにもプライバシーってやつがあるんだし。それに、あいつに呼びに行かせるなんて、何考えてるのよ?」

驚いたのは明日菜である。
木乃香がこんなにも積極的に、物事に取り組むとは思っても見なかった。それ以上に、容疑者を呼びつけて調べるなど、あきらかに度を越しているとしか思えなかった。
加えて、呼びに寄越したのがしゃべるオコジョである。魔法の存在を知らないクラスメイトも多いのだ。
そんな中で、カモが見つかった日には言い訳のしようがない。

「大丈夫やて、アスナ。みんな顔見知りやし」
「いや、顔見知りとかそういうんじゃなくて……」

アスナにしては切れの悪い物言いに、木乃香が違和感を感じ始めた矢先、カモの声が玄関から届いた。






ネギ君のHな本 捜査本部

部屋のドアに貼り紙がなされている。
これではネギの風評も何もあったものではないが、こういうのは雰囲気が大事、とは貼り紙を作った本人の談である。

「私はこんな雑誌、興味ないね」

事情聴取を終えた朝倉和美が、雑誌について述べた一言である。
あまりにも落ち着き払った態度に、木乃香は驚きをもってそれに答えた。

「え、そうなん? 一番こういう事に詳しそうやのに……」
「あんたら、私をどういう目で見てたのよ……。ていうか、いの一番に呼ばれたってことは、私が第一容疑者ってこと?」

和美は自分に向けられた視線と容疑とを跳ね返すような眼差しで、643号室の面々を撫で回した。
面々といっても現在は二人しかいない。カモが次の容疑者の元へと向かっているためだ。

「安心していいわよ。第一容疑者はうちのエロオコジョだから」
「ふーん、そりゃあんまり安心できないね、カモっちはこういった雑誌とは無関係そうだし」

和美のカモを擁護するような物言いに驚いた二人は、次々に質問を投げかけた。

「それって、どういうことなん?」
「朝倉、あんた自分の立場が分かって言ってるんでしょうね?」

木乃香はともかくとして、詰問調の明日菜に対してもどこ吹く風。
和美は、自分自身の考えが確立しているためか、こういった場に慣れているためか、一向に動揺した素振りを見せなかった。

「私は自分が正しいと思っていることを言っているだけよ。カモっちはこの雑誌とは無関係。だからカモっちはシロ。必然的に、私が次点で最有力容疑者ってこと。けど、私もシロよ。こんな雑誌手に入れなくても、自力で調達するからさ」

和美の堂々とした態度に明日菜は言葉を失う。
いいんちょ相手とは違って、和美とは口で渡り合うことができないでいた。
しかし、明日菜に代わり今度は木乃香が、和美の発言した聞き捨てならないセリフを指摘した。

「なあ、朝倉。自力で調達って、どういうことやの?」
「おっと、私としたことがしゃべりすぎちゃったみたいね。安心してよ、あんたらのはまだ撮ったことないから」

あっけらかんとした和美の言葉に気勢を削がれた木乃香であったが、変わって再度明日菜が食って掛かる。

「朝倉。それってまさか、盗撮――」
「あっはっはっは。さーて、どうかしらねー」

笑ってごまかす和美に対し明日菜は、ジト目で睨みつける。

「あんたは、別の意味で容疑者ね」






「いったい何なんや? 急に人を呼びつけよって」

あきらかに不機嫌な仏頂面をしているのは、「犬神小太郎」改め「村上小太郎」。彼が第三容疑者である。
小太郎が不機嫌な原因は色々あるが、まず急に呼び出されたこと。そして、呼びにきた張本人であるカモはすでにこの場におらず、次の容疑者の元へと走っていることが挙げられた。
そんな小太郎の前に居るのは、木乃香、明日菜そしてなぜか引き続き居座っている和美の三人だった。

「まーまー、コタ君。そうかりかりせんと。はい、お茶。あ、お茶請けもあるえ」
「お、悪いな。このか姉ちゃん」

とげとげしい雰囲気の小太郎を、木乃香のはんなりとした空気がやんわりと包み込んだ。
おやつ代わりのお茶請けにほだされたわけではないが、小太郎の機嫌はたちまちのうちに直ってしまった。

「あれ? 私のときには、お茶なんか出なかったような……」
「いちいち細かいこと気にするんじゃないわよ」






「アホなこと、言うなや。俺は、こんなものには興味はない」

事情聴取が終わり、木乃香たちの疑惑を撥ね除けるように言い放つ小太郎だったが、その顔は少し赤らんでおり、視線がちらちらとテーブル上に置かれた雑誌に向いていた。
そんな小太郎の様子を、目ざとく見咎める人物が一人。

「そんなこと言っちゃって、ホントは興味津々なんでしょ? 男の子だもんねー」
「朝倉、茶化すんじゃないの。ていうか、あんたは関係ないでしょ? ほら、このか。目の毒よ。そっちにしまっといて」

エッチなお姉さんモードに突入してしまった和美にツッコミを入れつつ、明日菜は事態の収拾を図るべく孤軍奮闘していた。
原因となった雑誌は、明日菜の指示を受けた木乃香の手によって脇へと片付けられる。

「ごめんな、コタ君。せっかく来てもろたのに。なんや変なこと聞いてもうて。けど、これでコタ君は『シロ』やな」
「ちょっと、このか。シロって決め付けるには、まだ早いんじゃない?」
「あ。そのアスナの意見には、私も賛成。絶対にシロだっていう、確証がまだ得られてないんじゃん」

先程から、なぜか小太郎に対して好意的に接している木乃香と違い、明日菜と和美の二人は、小太郎を有力な容疑者として見ているようだった。
特に明日菜は、カモ、和美と次々に容疑者が現れては消えていくという状況が続いているため、一種焦りのようなものに囚われていた。

「このか姉ちゃんに言うてもろたからやないけどな、俺はシロやで」
「む、なんか自信満々ね……。根拠はあるんでしょうね?」

自分を疑っている二人に対し、小太郎は反論を開始した。

「こうなったら正直に言うわ。ああいったもんに興味がないことはない」

やっぱり、という明日菜や和美の声が上がるが、小太郎はそれを押さえつけて続ける。

「だから言うてな、俺がああいう本を持っとるところをちづる姉ちゃんにバレたらどうなると思う?」

数瞬の沈黙の後、和美が小太郎の問いかけに答えた。

「…………十中八九、いや、間違いなく……死ぬかな?」
「ほな、やっぱりコタ君は『シロ』で決まり。これでええな」

身を切るような反論の末、小太郎の顔には苦虫を噛み潰したような表情があった。
対照的に、小太郎をシロとしたことに反論が無いことから、笑顔満面の木乃香がいた。






「一冊だけ持ってるわ、こういう雑誌」

衝撃の告白に、643号室は揺れに揺れた。
一同はまず言葉を失い、次いで告白を行った人物に視線を集めた。
視線の先には、先程カモに連れられてきた、早乙女ハルナがいる。

告白の衝撃にまだ自分を取り戻せていない、木乃香。
ハルナに事の真相を問い詰める、明日菜と和美。
いまいち状況が理解できていない、小太郎。
妙に納得してしまっている、カモ。

それぞれが、それぞれの反応を見せハルナのリアクションを持っていた。

「漫画を描く時の資料にね、ボディラインのわかるこういう雑誌って、結構使えるのよね」

一応筋の通った説明に、みんなは納得し始める。

「そういえば、前に一度、ハルナがそういう雑誌を持っとるいう話をしとったなあ」
「うーん……ねえ、パル。本当に一冊だけしか持ってないんでしょうね?」

しかし、その中で明日菜はまだ、ハルナを疑うことをやめていなかった。
彼女の中で、早く犯人を見つけて解決したいという気持ちが働いていたのかもしれない。

「やだな、アスナ。もしかして私を疑ってるの? 安心してよ、私はネギ君をそんな道に引きずり込むつもりはないから。私も今は、どちらかというと女の子よりも男の子のボディラインが分かる資料が欲しいところだしね……。切実に」

言って目線だけを小太郎のほうへと向ける、メガネを光らせながら。夕日に照り返るメガネのせいで表情が読み取れない。
えもいわれぬハルナのプレッシャーを感じ取った小太郎は、体を震わせ座ったままの状態で後じさりを始めた。
その横で、木乃香は小太郎の様子を気に留めることもなく、腕を組んで俯きながら何やら考え事をしている。
彼女の頭の中では、事件を解決させるために事情聴取の結果などから得た情報が整理されているところだった。
ふいに木乃香が、頭を上げる。
ちょうど、部屋の外が騒がしくなってきていた。






「これはどういうことですの? ネギ先生の、え、『Hな本』とは一体何なのです? 明日菜さん、あなたですわね。ネギ先生をたぶらかして、悪の道に引きずり込もうとしているのは?」

外の様子を窺うためドアを開けた明日菜たちであったが、643号室の前には、ドアにあった貼り紙を見て3−Aのクラスメイトほぼ全員が集まっていた。
昼過ぎから半日も貼り付けておけば、クラス全体に話が広まるのは当然だろう。
その中で、先頭を切って明日菜を問い詰めるいいんちょ。
いきなり犯人扱いをされた明日菜は、普段ならばすかさず反論を行うところだが、いいんちょの後ろに控えるクラスメイトに圧倒されてか、何も言えなくなってしまっていた。

「いいんちょ。ちょっと、落ち着きなって。私たちも、それを今調べてるところなんだから」

明日菜の後ろから和美、木乃香が出てきていいんちょをなだめる。
大勢集まっているクラスメイトに対しても、和美が混乱の収拾を行い始めた。

「このかさん。朝倉さんはああおっしゃっていましたが、事の真相は調べられましたの?」

落ち着きを取り戻したいいんちょが、木乃香にたずねる。

「とりあえず、一通りの取調べが終わったとこや。ほんでな、犯人の目星もついたとこやえ」

犯人の正体について木乃香が言及したため、落ち着きを取り戻したかに見えたクラスメイト達がにわかに騒ぎ始める。

「わかったの? で、誰が犯人なの? このか、早く教えなさいよ」

木乃香は明日菜に両肩を掴まれ、先を急かされた。
前後に激しく揺さぶられ、しゃべることができないでいたが、明日菜が和美といいんちょによって引き離されていったため、ようやく一呼吸おいて恭しく口を開いた。

「みんな、ええか? 捜査の結果判明した犯人は――」
「あれ。皆さん、おそろいでどうしたんですか?」
「――ネギ君や」

ちょうど学校から帰ってきたネギを指差しながら、木乃香は犯人を告げた。

「……え、僕?」



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