はんなり探偵 木乃香の事件簿(仮) 後編


ネギのロフトから、Hな本が見つかった。
当初、動機不十分として容疑者から外されていたネギ本人であったが、最終的に木乃香が犯人と断定したのは、そのネギであった。
驚く、居合わせた一同。
そして、状況を理解できないでいるネギ。
果たして、事件の結末はどうなるのか。






「ちょっと、このか! あんた、最初にネギが犯人じゃないって言ってたじゃない、どうしちゃったのよ!」

驚いた様子を見せながら、木乃香を問い詰める明日菜。
明日菜の怒声に、あたりに緊張が走る。

「んー、最初はウチもそう思うてたんやけど、みんなの話を聞いてるうちに、やっぱり、ネギ君が一番怪しく思えてきてな」

ネギの犯行を否定する決定的証拠がないため、木乃香はそう決定付けたと言った。
しかし、推理劇が進む中、完全に取り残されている渦中の人物がいた。

「あのー。一体何が、僕なんですか?」

たった今帰ってきたばかりのネギには、状況がまったくつかめていない。
自分の部屋の前に、クラスメイトの大半が押しよせている状況と、「犯人」などの穏やかではない単語が飛び交っている状況である。つかめ、と言うほうが無理な話だった。
そんな呆然としているネギに、ハルナが件の本をちらつかせながらネギに説明を始めた。

「これが原因なのよ。ネギ君、これネギ君の本でしょ? いやー、私もびっくりしちゃったわ。とうとうネギ君もこういうものに興味を持つ年頃になったって言う事ね」
「えっ! パルさん。なんですか、その本は? 僕、そんな本、知りませんよ」

突然Hな本を突き出され、動揺を隠せないネギであった。ただし、その動揺は、自分にとって縁遠いものの存在に対してのものであって、決して、隠し事がばれたことに対してのものではない。
しかし、その動揺は後者のものとしてハルナに捉えられてしまった。

「おー、慌ててる慌ててる。安心して、ネギ君。自分で言うのもなんだけど、私はこういうものに理解があるほうだから」
「だから、僕のじゃありませんってば」
「でも、ネギ君の年齢じゃ、やっぱこういうのは早いかな」

着々と、ネギを犯人へと仕立て上げていくハルナ。
ネギにとって不幸なことは、ハルナが意図的に行っていないため、それを大半のクラスメイトが信じ込んでしまったことだった。

「もー、ネギ君のエッチ」
「…………ネギせんせー……」
「……ふんっ」

なぜか喜んでいる者。
あきらかに落胆の色を隠せない者。
元から興味のなかった者。

クラスメイトの反応は様々であった。

「……ネギ先生……。まさか、ネギ先生が……いいえ、この雪広あやか。ネギ先生への無限大の愛を貫くため、ネギ先生のすべてを受け入れ肯定いたします。ですから、ネギ先生。あのような本に頼らずとも、おっしゃってくださればこの私が、一肌も二肌もお脱ぎいたしますのに……」

そんな中、ネギの両手を自分の両手で包み込むようにしっかりとつかみ、立てひざをついた状態でネギの目を見つめるあやかの姿があった。
しかし、彼女の様子は他のクラスメイトたちとは明らかに違っていた。ネギを想うあまり目が血走っており、鼻血が出ている。にもかかわらず、彼女の背中にはバラの花が咲いている光景が幻視できた。
一肌脱ぐ、という発言も彼女の場合、比喩表現では済まない。

「いいんちょさん、お気持ちはうれしいんですけど、あの本は誤解ですって」
「ああ、ネギ先生……」

自分の世界に旅立ってしまったあやかにはもはや、怯えるネギの言葉も届かなかった。

「ほらほら。いい加減、離れなさい。あんたたちも、もうお風呂の時間なんだから、ここにたむろしてないで、散った散った」

あやかに襲われる一歩手前のネギを明日菜が救う。ついでに部屋の前に集まったクラスメイト達も解散させた。

「それと、パル。その雑誌は私が預かっておくわ。ちゃんと処分しておくから」
「そうね、ネギ君の保護者としてキチンと始末しておいてね」

明日菜はハルナから本を受け取ると、そのまま部屋へと戻るハルナを見送る。
一時は収拾がつかない状況にまでなったが、明日菜が号令を掛けたおかげで瞬く間に事態は収束していった。

「ほな、アスナ。一件落着したことやし。うちらもお風呂入りに行こか」
「そうね。あ、ゴメン、このか。先に行ってて。私、これを片付けてから行くから」

片手でHな本を持ち上げながら、もう片方の手で「ゴメン」のポーズを作った。






「それじゃ、ネギ。お風呂行ってくるわね」

Hな本を処分したあと、明日菜はお風呂の用意を済ませ部屋を後にする。
大浴場「涼風」へと向かう彼女の口から、ため息交じりの独り言がこぼれ始めた。

「はあ。……話が大きくなりすぎたわね。ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけど、ネギには悪いことしちゃったかな」

こうして、真実を語る明日菜の独白は、誰にも知られることなく闇の中へと忘れ去られていくのであった。






「それじゃ、ネギ。お風呂行ってくるね」

大浴場へ向かう明日菜を送り出したあと、ネギはロフトに上り着替えを始めた。
スーツをハンガーにかけネクタイを緩めながら、彼の口からはなぜか鼻歌交じりの独り言がこぼれる。

「どこの誰かは分からないけど、感謝しなきゃ」

自分が受け持つ生徒達から、あらぬ誤解を受けてしまったにもかかわらず、ネギは着替えを行っている間終始ご機嫌であった。
ワイシャツを脱ぎ下着だけになると、机の下の引き出しから書類を引っ張り出す。下着姿で仕事を始めるわけではない。ネギの目的は書類のさらに奥にあった。

「これで、僕の秘密の趣味もカムフラージュできるしね」

学校の先生としての仕事関係の書類が入った引き出しは、明日菜や木乃香でも勝手に開けることはない。
たとえ掃除のためとはいえ、この聖域はみだりに破られることはなかった。
そのためネギは、この引き出しの一番奥に自らの「秘密」を封印していたのだった。






「――――やれやれ、まさか兄貴が俺っちの知らない間に、あんな本を手にしていたなんてな」

カモが部屋へと戻ってくる。騒動が一段落したあと、和美となにやら会話をしていたらしく帰りが遅くなっていた。
ネギが大人の階段を上り始めたことについては好ましく思っていたカモであったが、あくまでカモの目指すべきは「仮契約」である。
ネギを自分の理想とする道へ、どうやって導こうか、どうやって方向修正をしようか、とあれこれ思案しながら居間へ足を踏み入れると、そこに当のネギがいた。


――ミニスカ風、狐娘の格好をして。


カモは絶句した。
もはや方向修正云々を言っている場合ではない。ベクトルの向きが完全に逆である。

「…………」

言葉にならない。いやむしろ、言葉をつむいでこちらの存在をネギに気取られてはならない。カモの中の動物的直感がそう訴えていた。
ネギは自分の艶姿を姿見に映し、一人悦に入っている。
ここはおとなしく、戦術的撤退を行うが上策。
そう判断したカモの足元で、パキリと乾いた音がした。

「うお! 何でこんなところに、小枝が!?」

思わず叫んでしまってから、自分の失態に気付く。
ネギを見ると、彼は満面の笑みをたたえ、その視界の中心にカモを捉えていた。
小枝の折れる音ではなく、カモの声に反応したようだった。

「カモ君。見ちゃったんだね……」

全身から脂汗を流しながら、カモは己の身に起きた回避不可能な不幸を呪うのであった。

こうして、真実を知る一匹のオコジョ妖精は、誰にも知られることなく闇の中へと忘れ去られていくのであった。






パラリとページがめくられる。
その次のページには、「あとがき予定」と走り書きされた文字があるだけ。漫画を描く際に下書きとして作成される、所謂ネームというものである。
最初のページに戻り「はんなり探偵 木乃香の事件簿(仮)」というタイトルを確認してから、原稿を作者であるハルナへと返した。

「っていう話なんだけど、どうかな?」

原稿を受け取り、ハルナは読者に感想をもとめる。

「どうかな、って言われてもねえ。結局私が犯人になってるし……」

釈然としない表情で明日菜が答えた。
その明日菜の言葉を継いで、小太郎が意見を述べる。

「俺らも勝手に容疑者扱いや。てか、なんで俺らなんかを漫画にせなあかんねん?」
「そうそう、同じく容疑者にされた私としても、そこんところの説明を要求するよ」

小太郎と和美の問いかけに、ハルナはしばらく考えたあと、驚くべき発言をした。

「実を言うと、あんたらをネタに漫画描いたのは初めてじゃなかったりするのよねー。事実は小説より奇なり、っていうじゃない? 下手にストリーを考えるより反応が良かったもんだから、今回もちょっとフィクションを交えて描いてみたりしたわけよ」

ハルナの説明に木乃香とカモも食って掛かる。

「ハルナ、そんなことしてたん? もしかして、ゆえやのどかも漫画に描いたん?」
「姐さん方はいいとして、オコジョ妖精の俺っちを描いちゃまずぜ。魔法の存在がバレる可能性もあるしよ。ていうか、俺っち死んじまってねえか?」

643号室には、ハルナの漫画に登場した主だった顔ぶれが揃っていた。
その各々がハルナの漫画での扱いに関して作者に文句をぶつけていたが、最終的に明日菜が意見を取りまとめて、ハルナに通告した。

「ともかく、この原稿は満場一致で発刊を禁止します。理由として、登場人物の人格をゆがめるような表現が多々見受けられること、魔法の存在に関して漏洩の恐れがあることが挙げられます。パル。この判決に対して、申し開きしたいことはある?」
「異議なし。あーあ、せっかく面白い話になると思ったんだけどな」

検閲の上、表現の自由を奪われてしまったにもかかわらず、ハルナの表情はあまり残念そうに見えなかった。
そんなハルナに、明日菜が釘を刺すような形で付け加える。

「大体私たちはともかく、ネギがそんな女の子の格好するわけないじゃない」
「えー? そうかな。もしかしたら、目覚めちゃったかもしれないじゃない。ね。ネギ君」

ハルナがネギを振り返るが、ネギはうつむきながら横を向いており目を合わせようとしない。

「? どうしたのよ、ネギ。ちょっと、こっちを向きなさいよ」
「ハ、ハハ。僕ガソンナコト、スル訳スルワケナイジャナイデスカ……」

ネギの様子がおかしいことに、居合わせた全員が気付く。

「おい、ネギ。何で片言の日本語になっとんのや?」

明日菜たちは誰ともなく顔を見合わせた。そして、一様に疑惑が確信へ変化していることをお互いの表情から読み取ると、明日菜は確かめるようにネギへと問いかけた。

「ネギ。あんた、まさか――」



そう、真実は常に闇の中に――。



<中編>

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