ずっと、そばに 第二話


「で? なんで、こんな状況なわけ?」

この疑問は、ハルナの口から飛び出たものだった。
そのハルナはといえば、頭に三角巾。胸にはエプロン。腕まくりもしていて、今まさに家事を始めようかという体勢。
ちにみに、エプロンにインクの汚れが目立つのはもはや公然の事実となっている。
その隣に、ハルナのルームメイトの夕映。憮然とした表情の夕映もハルナとほぼ同じような格好で、二人してリビングに立ち尽くしていた。

「えと、そ、それは。お弁当の献立を考えるためで……」

ハルナの疑問に答えたのは、問いかけられた本人であるのどか。
学校から帰ってきて寮の廊下で木乃香と別れた後、自室に戻ったのどかはルームメイト二人に協力を要請したのだった。

「お弁当を作るのは別に構いませんが、そもそもなぜ急にお弁当なのですか? まず、そこを説明してほしいです」
「……実は、このかさんが――――」

続く夕映の質問に対し、のどかはぽつぽつと言葉を区切りながら説明を始めた。
ネギのことで悩んでいたこと。
それを木乃香に相談したこと。
木乃香の占いで、解決の糸口をつかもうとしたこと。
そしてその占いによれば、「お弁当」がラッキーアイテムだというのだ。

「ふむふむ、オーケー。そこまでは、わかったわ。けど、このかは? 言い出しっぺのこのかがいないんじゃ話しにならないじゃない」
「あの、それにも理由があって――」

のどかは、再びのハルナの質問にも説明をつけた。
木乃香が明日菜につかまったこと。
明日菜が最近、妙に料理に懲りだしたこと。
その理由は、どこかの問屋街で見かけた料理器具に触発されたらしいこと。
そんなわけで、明日菜の手伝いをする羽目になった木乃香がこちらの手伝いに来れないこと。

「アスナさん。妙なコトにはまり始めましたね」
「料理は、別に妙なコトじゃないんじゃあ――」
「いいんじゃない? 健全な趣味で。UMA(※)探しとかにはまるよりよっぽどいいわよ」

夕映とハルナは、アスナが料理に懲りだしたことについて、思い思いを口にした。

「ちなみに、※UMA(ユーマ)とは、Unidentified Mysterious Animal。未確認生命体の略称です。主に、ビッグフットとかチュパカブラとかのことですね」
「ゆえー、誰かいるの?」
「いえ、何でもありません」

あさっての方向に語り始めた夕映を心配したのどかが声をかけるが、夕映は何事もなかったかのように振り向いた。












「んー、でもさあ。一口にお弁当って言っても、どういうお弁当を作ればいいのかな?」

事情説明と状況確認の終わったあと、三人は台所へと移動した。
戸棚からお弁当箱を引っ張り出しながら、ハルナが当然の疑問を口にする。

「別に適当でいいのではありませんか? 占いでお弁当のメニューまで指定できるとは思えませんし……」

冷蔵庫を開けて食材を確認しながら、夕映が答える。

「あのっ、そのことなんだけど」

ポケットをまさぐりながら、のどかが切り出した。
のどかの手には、手のひら大の巾着袋があった。
味も素っ気もない無地の巾着であったが、滑らかな肌触りをしているところから、素材は一級品であることがうかがえる。

「? 巾着袋……。それがどうかしたの? のどか」
「このかさんが、困ったときに開けてみてって」
「『智嚢(ちのう)』ですか? 木乃香さんも手の込んだことを……」

手伝ってくれる二人に気を利かせてか、いそいそと袋を開けるのどか。
丁寧に四つ折された紙を取り出し、開いて中を確認する。

「??????」

直後、のどかの頭上にクエスチョンマークの花が咲き乱れた。
そんなのどかの様子が気にならないわけがないハルナと夕映の二人は、両脇からのどかの横へと回り込み智嚢の中身を確認する。
そこには、こう書かれていた。

「『臭』
 お漬物が吉。
 奇をてらうのも吉」

「なんじゃこりゃ?」
「いきなり『臭』と書かれても、判断に困るです……」

おみくじを意識して書かれたのか、漢字一文字とその下に説明文があった。
木乃香にしてみれば、自分が不在の際の助言の代わりなのだろうが、現在の三人の様子を見る限り、逆向きの効果しか挙げられていないのが実情である。

「ど、どうしよう……」

途方に暮れるののどかだった。
「臭いものといえば……」

しばらくの間、木乃香の繰り出した計略によって身動きの自由を奪われていた三人であったが、不意に何かを思い出したのか、ハルナが金縛りから抜け出し台所の戸棚の中を物色し始めた。

「確かこのあたりに……。お、あったあった。」

残る二人もハルナの行動につられてか、ゆっくりと動き始める。
まずは、ハルナが何を取り出そうとしているのかを確かめるために、背中越しに戸棚の中を覗き込んだ。

「これこれ。こんなこともあろうかと、取り寄せておいて正解だったわねー」

そう言いながらハルナは戸棚から一個の缶詰を取り出した。缶詰といってもフルーツの缶詰などより明らかに大きい。クッキー詰め合わせが入った缶ほどの大きさがある。
しかし、その缶詰の特筆すべきはその大きさではない。

「ねえ、ハルナ。その缶詰、大丈夫? パンパンに膨らんでるけど……」

のどかの心配する缶詰の形状こそ、その一番の特徴だった。その形状はいびつにゆがんでおり、内側からの圧力を受けて、不気味なくらい膨らんでいた。

「だーいじょうぶ、だいじょうぶ。もう、のどかは心配性ね」

缶切りを片手にハルナはお気楽に言い放つが、のどかの危惧するのも当然である。一般的に、缶詰が膨らんでいるのは、中の食物が発酵してガスが発生し、その圧力によるものである。
要するに、その缶詰が食べられないことを意味していた。

「ハルナ、一人で盛り上がっているところ悪いのですが――」
「いい、のどか。この缶詰はこれが普通の状態なの。お店に並んでいるときに、すでにこんな感じなんだから」
「ちょっと、ハルナ。聞いてるですか――」
「それじゃ、さっそく開けるわよー」
「せい!!」
「う!!」

フィロソフィーインパクト。

倒れ伏すハルナ。そして、そのすぐ傍に立つ夕映。
その手には、たった今ハルナの後頭部に襲い掛かった哲学書があった。
「存在と時間」というタイトルが読み取れる。

「ハイデガー先生。ありがとうございます」
「あわわ。ゆ、夕映〜。ハルナが動かなくなっちゃったよ〜」

過去の偉人に対し黙礼でもって敬意を表していた夕映だったが、のどかの慌てぶりが真剣なのもであったので、目を開き祈りを中断した。
夕映が振り返って見れば、ハルナはぴくりとも動かずにうつぶせに横たわっている。
しかし、夕映は動じることはなかった。

「のどか。あなたはハルナが言うとおり、少し心配性です。それでは、ネギ先生のハートを射止めることなど出来ませんよ」

不機嫌な面持ちでのどかを指差しながら、夕映は冷蔵庫の扉を開く。

「さて、どれでトドメをさすとしますか。ここはやはり、オーソドックスに『抹茶コーラ』でいきますか。いや、それとも『微炭酸ラストエリクサー』がいいでしょうか。……あ! これは、先日発売されたばかりの『搾りたて! ネギカルピス』! これがいいですね、これならハルナの口にも合うでしょう――」
「うおぉぉぉぉ! ちょっと、まったぁぁぁぁ!!」

電光石火で起き上がり、夕映の動きをけん制するハルナ。
対し、ハルナが起き上がったことで少々不機嫌に表情を曇らせる夕映。
少し離れたところにいたのどかからは、夕映の口がバッテンに見えていた。

「ハルナ。起きたですか? やれやれ、せっかく私秘蔵のジュースを気付けの代わりにしてあげようと思ったですのに……」
「そのわりに、『トドメ』とかなんとか、物騒な単語が聞こえた気がしたんですけど、夕映さん?」
「きっと、記憶違いでしょう」

不敵に微笑み合う二人を見守りながら、のどかはただ立ち尽くすしかなかった。




<第一話>

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