ずっと、そばに 第四話


土曜日。
普段であれば、学校へと向かう生徒たちでにぎやかな女子寮の廊下であったが、今日はその目的である学校が休みのため、今は静かな空気が流れている。
とはいえ、これから学園都市内外へと出かける者。学校に部活へと出かける者と、ゆっくりであるが次第に熱を帯び始めていた。

「お? なんだ、ありゃ?」

「ソレ」を一番最初に発見したのは、ハルナだった。
寮の自室のドアノブに、何かが掛けられている。
糠漬け作りを一段落させ、あとは待つだけとした三人は、あくる日の今日をのんびりと過ごす予定にしていた。
地下大食堂で朝食をとった三人だったが、部屋を出るときにはドアには特に何もなかった。
近づいてみると、それは昨日木乃香の袋だった。昨日もらったものとは色は違えども同じものだということが分かる。
おそらく中身も同じものが入っているのだろう。そう考えたのどかであったが、すぐに手を伸ばすことをためらった。
なぜならば、この「智嚢」からは何が出てくるかが分からないからである。
加えて、ルームメイトの二人は、袋の中に入っているおみくじにも似た指令書を律儀に守ろうとするのである。
その様子は、ある意味ゲームを楽しんでいるかのようでもあった。

「えーっと、何々?
 『装』
 奇をてらった装いが吉。
 神々しさを感じさせるものならば、もあべたー」
「なるほど、デートのときに着ていく衣装についてのアドバイスですね。さすがはこのかさん。ぬかりがありません」
「って、ふ、二人とも!?」

いつの間にか、袋を手に取り中身をあらためていたハルナと夕映。
その二人の瞳にはすでに、何かの使命感にとらわれたかのような熱い何かがたぎっていた。
今日も一日、振り回される。
そんな予感が、のどかの頭をよぎる。
しかし、よぎったところでこの後の自分の運命が変わるわけでもない。
いつの間にか両手をそれぞれのルームメイトに掴まれたのどかは、そのまま抗えぬ運命というものを呪いながらずるずると引きずられて行った。









「で? なんだって私の部屋へ大挙押しかけている訳だ? お前らは?」

頬を引きつらせながら言う千雨に対峙するは、我らが図書館探検部の三人組であった。
千雨の言葉どおり、ここは学生寮の千雨の自室である。
同じ寮の部屋であるため、基本的にはのどかたちの部屋と間取りに大きな違いはない。
この部屋の大きな特徴を挙げるとすれば、千雨ご自慢の「パソコン」である。
パソコンデスクに腰掛けていた千雨は、その急な来訪者に椅子を半回転させ応対していた。
決まり悪そうに千雨の顔色をうかがうのどかは、隣の夕映に話しかけた。

「ねえ、ゆえ。何で服装のことで長谷川さんのところなのかな?」
「そうですね。私も、今疑問に思っているところです。ファッションについて相談を持ちかけるのであれば、柿崎さんや明石さんなどにすればいいものを……」

肩身狭そうに小声で話す二人をよそに、自身の顔色一つ変えず胸を張って立ち尽くすハルナ。

「ちょっとね、長谷川に頼みがあってやってきたわけよ」
「ハルナ。少なくともそれは、人に物を頼むときの態度ではありませんが……」

夕映からのツッコミをスルーして話を続けるハルナ。

「千雨『先生』の得意分野の話よ。ちょいとお知恵を拝借したくてね」

得意分野といわれて、ちらりと背後のディスプレイを見る千雨。
おおよそ、インターネット関連の話だろうか。そう予想していた千雨だったが、ハルナの口から発せられた言葉に激しく動揺した。

「『衣装』関係でね」
「んな!?」
「?」
「?」

衣装の話をいけしゃあしゃあと言い放つハルナに対し、過剰とも取れる反応をした千雨を、残る二人のどかと夕映は不思議そうに見ていた。
千雨にはクラスメイトにひた隠しにしている秘密がある。それは、千雨の持つもう一つの顔。ネットアイドル「ちう」であった。
普段の「千雨」と「ちう」のギャップは、もはや別人の域に達している。
3−Aを変人の集団と位置づけている千雨にしてみれば、この秘密が露見することは、すなわち自分も晴れて変人集団の仲間入りを果たすことと同義であった。

「(こいつ、どこまで知っている? 一体どこからバレたんだ?)」

咳払いをし、パソコンのディスプレイに向き直り画面の操作をする振りをしながら、千雨はその頭脳をフル回転させた。

「(いや、待て。落ち着け、私。コイツは多分、朝倉あたりから聞いた断片的な情報からカマをかけているに違いない)」

ちらりと三人の様子をうかがう千雨。
ハルナは相変わらず大仰な態度で、千雨の返答を待っている。
その後ろでは、のどかと夕映がなにやらヒソヒソと話をしていた。
細切れに聞き取れる単語に、千雨さん、衣装、分からない、などがあり、おそらく訳の分からないままハルナについてきたことが分かった。
千雨は一勝負打ってみることにした。

「早乙女。衣装って、何のことだ? 見ての通り、私はファッションなんかには詳しくない。流行の服装について聞きたいなら、チアの連中にでも聞けばいい。違う意味の衣装なら、村上辺りに、演劇で使っているやつを借りればいいんじゃないか?」

効果はてきめん。千雨の読みはずばり当たったようで、ハルナの顔に疑問と動揺がかすかに浮かんだ。

「(やはり、適当に吹っかけてきていたわけか)」

千雨は思考のスピードを落とすことなく考え続けた。
このまま畳み掛けて三人を追い出そう。せっかくの休日を、クラスメイトの訳のお願いを聞いて潰すより、「ちう」のホームページの更新作業に割り当てる方が、どれほど建設的だろうか。
しかし、千雨の頭がホームページの更新内容について考え始めたとき、今までの流れを一変させる出来事が起こった。

「おーい、長谷川ー!」

突然の来客だった。
ノックもせず、呼び鈴を鳴らすことなく唐突に部屋へ闖入してきたその人物を見て、先に来ていていた三人は一様に同じ反応をした。

「?」
「?」
「?」

よほどこの人物がこの部屋へ来たのが不思議だったようで、みんなしてリアクションに困っていた。
しかも、それはこの部屋の主である千雨も同様だったらしく、他の三人と同じような表情をしていた。

「アレ? 珍しいお客さんね。どうしたの三人揃って」
「…………いや、お前も十分珍しいお客さんなんだがな。春日」
「え?」

突然の来訪者、春日美空。
彼女の訪問した目的は、本人以外、今部屋にいる誰一人として分からなかった。




<第三話>

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