Shake!! 第四話


翌日、火曜日。

「みなさん。おはようございます!」

今日も今日とて、教室にネギの声が響き渡る。
昨日は楓がゴキゲンな様子でネギを出迎えていたが、今日は様子が違った。
教室に足を踏み入れたネギの視界に飛び込んできたのは、生徒の後ろ姿。
割合大柄な背丈で髪はショートカット。一房だけ長く伸びたしっぽ髪から、その生徒が楓だとネギはすぐに気が付いた。

「楓さん? チャイムはもう鳴ってますよ。早く席に着いてください」

注意を受け振り向いた楓の様子にネギは絶句した。
まず、昨日と同じように目の下にクマがある。しかし、肌は荒れていて頬もこけて見える。髪の毛も所々はねていた。
無理をしていても元気のあった昨日とは打って変わって、今日の楓の様子は明らかに弱っていた。

「……おお、ネギ坊主ではござらんか……。……おはようでござる……」

ネギを認め挨拶をするまで、時間がかかった。
いつもの楓からは考えられないほど、反応が鈍く弱々しい。
フラフラとした足取りで自分の席に着くや否や、盛大に重く長いため息をついた。

「あの? 楓さん、どうしちゃったんですか? 何かあったんでしょうか?」

ネギは教壇に立つ前に、教室最前席に座る楓のルームメイトに問いかけた。
昨日とは明らかに様子の違う楓のことが気になるのか、周囲のクラスメイトも聞き耳を立てている。

「それが分かったら苦労しないよー。僕らにもさっぱりなんだから。昨日は夜遅くに帰ってくるし、晩御飯も食べないし。朝はちゃんと起きて僕らと一緒に寮を出たんだけど、電車を降りたときにはぐれちゃって。ちょうど今、教室に入ってきたところなんだよ」

楓の普段とは違う言動に振り回されていたからだろうか、風香はやや不機嫌であった。
しかし、楓のほうへ視線が向いていることから、彼女なりに楓のことが心配な様子も見受けられた。
風香から事のあらましを聞いたネギも楓を見遣る。
楓はクナイを取り出し、自分の手ぬぐいで丹念に磨いていた。口元が動いていることから、なにやらつぶやいていることが分かる。

「どうしちゃったんだろう? 長瀬さん。何か変なモノでも拾い食いしたとか?」

風香の隣の席に座るまき絵が、自分の予測を口にしてみた。

「何言ってんだよ。まき絵じゃないんだから、かえで姉がそんなことするわけないだろ?」
「あー、私の事バカにしたー。私だって、拾い食いなんてしないもーん」

いつものことではあるが、このクラスは賑やかである。その原因の一端を垣間見ることができたのだが、現状を打破するためはその解明をしている場合ではない。
思わずため息がこぼれたネギだったが、楓の問題から逃げ出すことはできなかった。
楓は、やはり何かをつぶやきながら今度は上着を脱いでいる。
まき絵と風香の口げんかは収まりそうもないので、ネギは刹那に相談を持ちかけた。

「刹那さん。楓さんのあの様子、何か心当たりとかありませんか?」

ルームメイトである鳴滝姉妹を抜かせば、楓と親しい生徒は限られてくる。
ネギの頭に思い浮かんだのは、刹那、真名、古菲の3−Aきっての武闘派集団のことであった。

「残念ながら、私にも理由がまったく分かりません。昨日の放課後、放っておけば直るだろうと思い、教室に放置したまま帰ってしまったのがまずかったのでしょうか?」

刹那も表情が暗い。楓のことを思ってか、表情は真剣そのものである。
しかし、その口からつむぎだされた言葉は、なんとも友達甲斐のないものであった。



――――こんなとき、僕は教師としてどう対応すればいいんだろう?



ネギは思い悩んでいた。
おそらく楓は、自分でも想像もつかないような大きな悩みを抱えているに違いない。
きっとそのせいで、精神的に不安定になってしまっているはず。
ならば担任として、自分は何をなすべきなんだろうか?



楓の弱々しくやつれきった姿は見るに忍びないものであったが、ネギは解決の糸口を探るため注意深く観察することにした。

ひとまず教卓につき号令をかける。
出欠を確認した後、楓の様子を観察した。
先ほど脱いでいた上着と、さらにベストがきちんと折りたたまれ机の上に置かれていた。
さらに楓はネクタイをはずし、ワイシャツのボタンをはずし始めた。口元は動いたままである。

「か、楓さん?」

楓は、ネギの問いかけに反応を示さない。しかし、その手は休むことなく動き続け、とうとうボタンをはずし終わってしまった。
楓の動きはそこで終わることがない。それは、ひとつの目標に向かってただただ黙々と進んでいるように見えた。
次に楓は、ワイシャツの肩をはだけさせ、おもむろにクナイを手にとり逆手に構えた。

「…………いざ」

なぜこの状況にいたるまで、楓の動きを予測できなかったのだろうか?
まさか、そんなことをするはずがない。そう高をくくっていたせいもあるかもしれない。

「――――って、うわあ。か、楓さんっ!」

我に返るネギ。

楓を止めないと。
だが、教卓からでは楓のいる席まで間に合わない。
もはや、魔法を使うしかないのか?

一瞬の逡巡が、ネギの行動を鈍らせた。



――――パンッ



破裂音が教室に鳴り響く。
楓はまたもや、机に突っ伏したまま動かなくなった。

大きめの音がしたため、教室中の注意が集まる。
その音を立てた張本人である真名は、教室中に聞こえるように声を発した。

「みんな! 安心しろ! 昨日と同じだ」

おざなりな呼びかけをした真名の手には、愛用のデザートイーグル。サイレンサーがないため発砲音が出てしまっていた。
しかし、真名の呼びかけを聞いたほかのクラスメイト達は、状況に納得したのか落ち着きを取り戻していった。
そして、真名を教室の反対側から刹那が呼ぶ。

「龍宮」

刹那の手は軽く握られていて親指が立てられている。とっさの判断を下した戦友の健闘を称えていた。
真名はそれにうなずいて答え、拳銃を持っていない左手をネギに突き出す。その手には親指以外の指で数字の「四」が示されていた。

「一本増えてるし! って、違いますよ、皆さん! 何でそんなに落ち着いちゃってるんですか〜!?」

ネギの混乱をよそに、3−Aのクラスメイトたちはそれがごく当たり前かのように、日常生活の何気ない一ページであるかのように、淡々と一日を過ごしていったのであった。






追記:楓は結局その日も、放課後まで目覚めることはなかった。






さらに追記:楓の隣の席に座る夏美から、楓の呟きの内容を確認することができた。

「欝でござる。欝でござる。欝でござる。欝でござる……」



<第三話> <第五話>

戻る