Shake!! 第五話


火曜日、放課後。

「ねえ朝倉、その話、ホントなんでしょうね?」

「信じていません」という考えをありありと顔に出しながら、明日菜は隣を歩く和美に話しかけた。

「ホントだってば、今回の話は確実なニュースソースがあるんだから。そうでなきゃ、私もあの二人を動かさないよ。あ。ほら、見えてきた。あの自動販売機よ」

「あの二人」と称されたのは、明日菜と和美の後ろを歩く三人のうちの二人。桜咲刹那と龍宮真名のことであった。
ちなみに残りの一人は、明日菜と刹那についてきた木乃香である。

「あれが問題の自動販売機か。龍宮、何か見えるか?」
「ふむ。もう少し近寄って詳しく見てみないことには何ともいえないが、しかし悪趣味な色だな」

食堂棟に程近い広場に、明日菜を始めとした面々が集まっていた。
どうやら目的は、ビビッドピンクの自動販売機のようである。
広場の時計の針は四時半を少し回ったところをさしていた。

「さ、朝倉。ここまで来たんだから、詳しい話を聞かせてもらうわよ」

明日菜に促された和美は、自動販売機の方へ一歩進み出てみんなに振り向いた。

「オッケー。じゃ、説明するね。事の起こりは昨日の放課後。目撃者っていうか、体験者は我ら3−Aが誇る運動部四人組の面々」
「まきちゃんたちの事ね」

明日菜の補足説明にうなずき、先を進める和美。

「その四人が体験した出来事って言うのが、ちょっと普通じゃなくてね。何でも、この自動販売機から怨念の篭った奇妙な声が聞こえてくる、っていう物らしいんだ」
「ほうほう、奇妙な声か。これはひょっとすると、ひょっとするかもな」

話を聞いた木乃香は、目を輝かせ始めた。

「ふむふむ、わかったえ。ウチの見立てやと、この自動販売機に未練を残して死んでもうた人の魂か、もしくはこの自動販売機のせいで死んでもうた人の自縛霊かもしれんなあ」
「ちょっとこのか、いくらオカルト好きだからって、そんなの素人に分かるわけないじゃない。ていうか何よ? 自動販売機のせいで死んじゃうって。こういうことは、きちっと専門家にみてもらわないと」

暴走し始めたこのかをたしなめながら、明日菜は刹那たちに視線を向けた。
ことがオカルトチックな心霊現象関係に話が及ぶと判断した和美が、この二人を呼んでいたのだった。
明日菜にも声をかけたのは、刹那を連れ出しやすくするため。明日菜を呼んでこのかがついてくれば、さらに刹那を引っ張ってきやすいと判断していた。

「まあまあ、アスナ。占い研究部部長の意見として、ここはきちんと聞いとこうよ」

和美になだめられた明日菜だったが、このかの話から不意に何か思い出したかのように和美に問いかけた。

「あ、そういえば相坂さんは? もし、このかの言うとおり自縛霊の仕業だとしたら、同じ自縛霊の相坂さんになら何か分かるんじゃない?」
「あー、さよちゃんね。残念ながら、心霊現象かもしれないって話をしたら、怖がって断られちゃってさ」

幽霊のくせに幽霊を怖がるクラスメイトを思いながら、和美は苦笑いで答えた。



「刹那」
「なんだ? 龍宮」

盛り上がる三人から少し外れて、真名と刹那はお互いの声がぎりぎり届く程度の音声で話し始めた。

「お前はもう分かっているんだろう? この事件の原因を」
「ああ、さきほどから霊的なものは一切感じられない。これは人為的に起こされた事件だ」
「ならば、あそこで盛り上がっているお嬢様に事実を伝えてやれ」
「! 私にこのかお嬢様の話の腰を折れと?」

真名は、食って掛かる刹那の矛先を自分からそらす。

「文句なら私に言わず、そこの自動販売機の陰に隠れているバカに言え」
「……出来れば、そうしている」

刹那は恨みがましい視線を自動販売機にぶつけることで、憂さを晴らそうとしていた。






「何故、このようなことになってしまったでござるか?」

楓は一人、自動販売機の裏で体育座りをしながら影を背負っていた。
昨日、プリンシェイク売り切れのショックから、自分のものとは思えない唸り声を上げてしまった。
しかし、それが元で、よもや怪奇現象の正体に祭り上げられていようとは思いもしなかった。
さらに先ほどから、自動販売機越しに刹那のものと思われる殺気がひしひしと伝わってくる。
いや、ひしひしなどと生易しいものでない。バシバシと叩きつけられていた。
普段であれば、その優れた気配遮断能力によって刹那や真名にも自身の存在を感知させることを難しくしていた。
だが、今の楓にはその気配遮断を行うだけの集中力も精神的余裕もなかった。

「それに、記憶があいまいでござる。さっきまで教室にいたはずでござったが、気が付けばここに……」

体が無意識にプリンシェイクを求め、楓は我知らず自動販売機の元へとたどり着いていた。

「ともかく、ここをなんとかやり過ごして『プリンシェイク』を手に入れなくては」

楓は、自動販売機の反対側へと注意を向けた。






「なあ、せっちゃん。せっちゃんはどう思う?」
「そうね、私も刹那さんの考えを聞きたいわ」

自動販売機の怪異の正体について議論をしていた木乃香と明日菜であったが、結局結論が出ず刹那の考えを聞いてみることにした。

「え? あ、あの。何のことでしょうか?」

自動販売機の裏側にいるであろう、バカブルーについて思考をめぐらせていた刹那にとって、二人の問いかけは急で突飛なものであった。
話についていけず、逆に二人に問いかけてしまう。

「ん。せやから、この自動販売機の自縛霊の正体についてや。せっちゃん、ちゃんと話聞きいっとたん?」
「だから、まだ霊って決まったわけじゃ……」

二人に続いて、和美も問い詰める。

「ここはやっぱり、本職に聞いてみないとね。私もしても、正確な事実を報道したいわけだし。で、結局ホントのところはどうなの?」

刹那は答えに窮した。
真実を言ってしまいたい。

「そこの自動販売機の陰に隠れている、のんびり忍者のせいです」

しかし、そんなことを言おうものなら、愛しのお嬢様の夢を打ち砕いてしまうことにはならないか?
「このちゃんラブ」を掲げる刹那にとって、その選択肢だけは選ぶことができなかった。
刹那は助けを求めるように隣にいる真名に視線を向ける。
しかし、真名は首を反対側に向けていた。まるで、刹那の行動を先読みしたかのように。
視線すら合わそうとしない戦友に見切りをつけ、刹那はこの難問に独り立ち向かうことにした。

「ええと、その。……そうですね。特に、悪意は感じられません。人に危害を加えるようなものではありませんので、現状このままでもかまわないかと思います」

刹那にとっては苦し紛れの説明となったが、それを聞いた三人は思いのほか納得した様子だった。

「そっか、なら安心ね」
「せっちゃんが言うんなら、間違いあらへんな」
「なるほど。けどさ、桜咲。それってどんな霊なの? 危害を加えないって言っても、さよちゃんみたいな特殊な自縛霊ってわけでもないでしょ?」

朝倉の指摘に動揺した刹那だったが、どぎまぎしながらもなんとか答える。

「そ、それは、その……。おおむね、相坂さんと同じような感じかと……」
「ふーん。何か釈然としないけど、ま、この学園なら何でもありか」

刹那の返答を自分なりに解釈しながら和美は続けた。

「けど、惜しいな。せっかく一面を飾れる記事が書けると思ったんだけど。せっかくだから写真だけでも撮っていきますか。何かしらの記事は書くつもりだったし」

デジタルカメラを構え、自動販売機を写真に収めている和美に明日菜が問いかけた。
その表情は、心なしか不機嫌の色が差している。

「朝倉。もしかして、新聞の記事を書くために私たちを呼んだんじゃないでしょうね?」
「ん? もしかしなくてもそうだよ。あれ、今頃気が付いたの? アスナ」

悪びれもせずに答えた和美の態度が逆に清々としすぎていたためか、アスナは毒気を抜かれ怒る気が失せてしまった。
思わずひとつ、ため息がこぼれる。

「はあ、もういいわ。みんな、用件も済んだことだし、さっさと帰りましょ」

怒る気と同時にやる気まで失せてしまった明日菜がみんなを振り向くが、真名の姿はすでに無く、木乃香が刹那に向かって必至に話しかけているのが見てとれた。

「なーなー、せっちゃん。せっかくなんやし、おごったるからなんか飲んでこ?」
「い、いえ。お嬢様におごっていただくなど、私には過ぎたることです」
「あー。もー、またお嬢様ってゆー」
「あ、で、ですが……」

完全に二人の世界に突入してしまっている。
あっけにとられる明日菜の脇で和美がつぶやく。

「おーおー、見せつけてくれちゃって。ここの自動販売機、品揃えがとんでもないこと知ってんのかな?」
「え、とんでもない?」

和美の言葉を受けて自動販売機に振り向きなおしたアスナは、絶句した。

「な…………」
「コレばっかりは、いくらおごりでも遠慮したいわね」

アスナがようやく落ち着きをとり戻したころ、木乃香と刹那の二人が明日菜たちの元へやってきた。

「なーなー、アスナ。アスナからもなんとか言うたってやー。せっちゃんがウチにおごらせてくれへんのや」
「いや、このか。これはいくら刹那さんでも……。下手すると、自縛霊の仲間入りよ」
「は? アスナさん、一体なにを? って、な……」

自動販売機に並ぶ商品を見て、刹那はアスナと同じく絶句する。

「うひゃー、なんやの? コレ」

ラインナップを見た木乃香も驚きの声を上げる。しかし、木乃香の驚きは前の二人のものとは性質が異なっていた。

「みてみい、せっちゃん、アスナ。このジュース、亀の絵が描いてあるえ。えーと、なになに。『パララケルス・パッションフルーツ』やて」

普段から、同じ図書館島探検部に所属している夕映のジュースを見ているせいか、ビビッドピンクの誇るトンデモジュースの異様さには驚いていない様子であった。

「なんで、フルーツジュースなのに亀の絵が描いてあるのよ。怖くて飲めないじゃない」
「アスナさん、そちらに突っ込むんですか?」

アスナの的外れなツッコミに、冷静にツッコミを入れる刹那。そして、盛り上がる三人にさらに冷静なツッコミを入れる和美。

「ていうか、それ以前に。『故障中』の貼り紙がしてあるんだけど……」

「え?」という言葉が重なり、三人の動きが止まる。
直後、ドサリと何かが倒れる音がした。






「こ、故障中……。拙者に何の恨みがあってこのような仕打ちを……」

「故障中」の言葉を聞いた直後、楓は意識を失いそうになり地面に倒れこんでしまった。
薄れ行く意識の中、明日菜たちの会話が耳に届く。

「ねえ、何、今の音? やっぱりこの自動販売機、何か取り憑いてんじゃない?」
「アスナさん、おそらく空耳です。この自動販売機には何もありません。さ、お嬢様。ここにいては危険です。早急に寮へ帰るといたしましょう」
「わわ、お姫様抱っこや。せっちゃん大胆やなー」
「ちょっと桜咲、あんた言ってることが矛盾してるよ。何か隠してるんでしょ? あ、こら、待ちなさいよー」






四人の足音が完全に聞こえなくなったとき、楓は今度こそ意識を手放した。



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