Shake!! 第六話


水曜日。






「――――それじゃ、亜子さん。授業が始まりますから――――」
「――――うん。あと、それとな先生。うわごとが――――」

どこか遠くで、話し声が聞こえる気がする。
徐々にではあるが、頭が冴えてくる。
ドアの開く音がして、声の主が一人、この場所から出て行ったようだ。

「楓さん。起きてますか?」

遠慮がちな小さい声が、自分に話しかけてきた。
外からの刺激により、頭の覚醒が促進され一気に思考が明瞭になる。

「……ネギ坊主でござるか?」






保健室。
ベッドに寝かされている楓に、ネギが話しかけている。

「心配しましたよ、楓さん。昨日は、寮に戻らなかったそうじゃないですか」

昨日の顛末の説明を始めたネギの声を聞きながら、楓は自分なりに自分の置かれた状況の整理を始めた。

「拙者は……そうか、あのまま意識を失ってしまったでござるか」

ネギは、思いのほか暗い様子の楓を心配しつつ説明を続ける。

「広場で倒れていた楓さんを、龍宮さんが見つけて知らせてくれたんです。……楓さん、どうしてあんなところに?」
「それは……いや、拙者にもよくわからないでござる」

答えかけた楓の言葉が途中で止まる。
プリンシェイクを思うあまりいつの間にかあの場所にいて、自動販売機の故障という事実に打ちのめされ、そのまま意識を失ってしまった。
そんな恥ずかしい事実をそのまま話せるわけがなく、言葉を濁すにとどまった。

「そうですか。ところで、体調はどうですか? 授業には出られそうですか?」
「ん、いや、まだ少し。すまないでござるが、もうしばしここで休ませてもらえぬでござるか?」

体調が芳しくないのは事実であった。
普段、週末に森の中で修行と称してキャンプを行う際ですら、きちんとテントの中で休むことにしている。
いくら楓が高いサバイバル能力を持っていたとしても、一晩中吹きさらしの場所に放置されては、体に障るというものである。

「わかりました。無理をせずに休んでください。また後で、様子を見に来ますね」

ネギはベッドの布団を掛け直しながら、努めて明るく楓に話しかける。
最後にもう一度振り返り、楓の様子を確認すると保健室から出て行った。






――プリンシェイク。
   一体いつになれば、手に入れることが出来るのでござろう。






「先生! ネギ先生!」

昼休み終了間際、亜子が教室に駆け込んできた。
教室の後ろのほうで、のどか、夕映、ハルナの三人と話をしていたネギを見つけ、息を切らし苦しそうな表情をしながらネギに駆け寄る。
昼休み明けの五時間目がネギの受け持つ授業のためだろう、彼は比較的早めの時間から3−Aの教室にいた。

「ネギ先生! 大変や!」
「ど、どうしました? 亜子さん」

焦っているためか舌が回らない。呼吸を落ち着ける。
チャイムが鳴る。しかし、亜子のただならぬ様子に、席を立っていた他のクラスメイトは着席をしようとしない。亜子の言葉を待っている。
チャイムが鳴り終わる。

「長瀬さんがおらんねん! さっき様子を見に行ったら、ベッドから抜け出してて……」

亜子の話を聞き終わらないうちに、ネギは教室を飛び出した。

「あ、ネギ先生!」
「ネギせんせー! 授業はどうするんですか?」

先生であるネギがいなければ、五時間目の授業が始められない。
楓が行方不明という事実と、ネギがいなくなってしまったことにより教室中がざわめきだす。

「みなさん、落ち着きなさい」

この事態を収めるべく、クラス委員長である雪広あやかが立ち上がった。
あやかは思う。
ネギ先生がいない緊急事態をまとめることが出来るのは、自分をおいて他に誰がいるのか。
そして、ここでみんなの動揺を抑えることができれば、のちのちネギからの信用を勝ち取ることができる。

「やっぱり、いいんちょさんが一番頼りになります」

そんなネギの甘いささやきが、幻聴となってあやかの脳内に響いていた。

――嗚呼、ネギ先生。

立ち上がったあやかから発せられた一言を聞いたクラスメイト達だったが、そのあとの言葉が一向に続かなかったため、リアクションをとることができないでいた。

「あやかったら、また酔っているのね。それでこそ私のあやかだわ」

そんな呟きが聞こえた気がした。



不思議な緊張状態は長くは続かなかった。

「こうしちゃいられない。僕らも行くよ」
「あ、お姉ちゃん。私も行くです」

鳴滝姉妹が動き出す。
自分達の姉とも慕うルームメイトが行方不明となっているのだ。動かないわけがない。
駆け出していった二人の足音に、現実へ呼び戻されたあやかが反射的に呼び止める。

「ちょっと、お待ちなさい。今は授業中ですのよ」
「はいはい。それじゃいいんちょ、あとよろしくね」

あやかの制止の声を軽く受け流しながら、美空が二人に続いた。

「よーし、それじゃ私たちも探しにいこー。いいんちょ、あとよろしくー」
「あ、まき絵。抜け駆けする気だな。こうなったら、私たちも続くぞー」

鳴滝姉妹の二人に続き美空も教室を出て行ったことで、空気がとたんに変わり始めた。
一部を除いたクラスメイトのほぼ全員が、教室からいなくなってしまった。
楓のことが心配で教室を出た鳴滝姉妹はともかく、あとから続いた人間のほとんどが「イキオイ」と「ノリ」であった。
所謂「3−A気質」の本領発揮というやつである。

「ゆ、ゆえー。私たちも探しに行こうよ」

先ほどネギと話をしていた、のどかと夕映であったが、いまだ教室に残っている。
ちなみに一緒にいたハルナは、教室の後部ドアから先頭切って飛び出してしまっていた。

「落ち着くです、のどか」

みんなに遅れまいとして慌てていたのどかを、夕映がたしなめる。

「闇雲に探しに行っても、意味がありません。のどか、パクティオーカードでネギ先生と連絡は取れますか?」
「え? うん。できるけど……」
「それならば、大丈夫です。私たちも行きましょう」






教室には、あやかのほかに数人のクラスメイトが残っていた。

「な、なぜですの? こうなったら私も……。いえ、クラス委員長であるこの私が教室を空けることなどできませんわ」



「マスターは探しに行かないのですか?」
「なぜ私がいちいち動かねばならん」



「ったく、いちいち騒ぎにするのが好きな連中だぜ。――ん? あんたらは行かないのか?」
「ネギ先生の支払いが悪くてな、当面はこちらからは動かないことにしている」
「…………」



この温度差も「3−A気質」の本領発揮と言えなくもない。



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