たとえばこんな一日

第三話 装う者、装わぬ者


「いやー、助かったアル。実は私もヒマしてたアル」

独特の口調を操る少女、古菲は今、電車に揺られていた。
その隣には、彼女のクラスメイトの一人、柿崎美砂の姿があった。二人は吊り革につかまり並んで立っている。

「でも、くーちゃん。予定とか本当に大丈夫だったの? 急に誘っちゃったけど」

美砂はロビーでの出来事を思い出し、古菲に今日の予定について念押しをする。古菲はヒマだから平気と言っているものの、やはり急に誘ってしまったことを気にしていた。

「それより、聞いて欲しいアル。みんなして私の除け者にするアル」

プンプン、と表すのが正しいだろう。美砂の質問を意に介さず、周りの人間にとても分かりやすい様子で起こる古菲。美砂と古菲が並んで立っていることからも分かるように、車内はそれなりに混んでいた。それゆえ周囲の注目を浴びることになったのだが、当の古菲は一向に気にした様子を見せなかった。

「あの、くーちゃん。もう少し声を抑えて……」
「私も、カッパ見たかたアルよー!」
「――は? カッパ?」






遠くで自分を呼ぶ声がしたことに、古菲はしばらく気が付かなかった。
ここは、麻帆良学園女子中等部、女子学生寮前の芝生である。古菲は芝生に展示されている石を積み重ねてできたモニュメントの上に腰掛けていた。一口に石といっても、河川敷に転がっているような石ではない。一つの大きさが一抱え以上もあり、成人男性でも持ち上げることができないほどのものである。なおかつ、それが何段にも積み重なっており、さらに、何とかと煙は高いところに昇る、という言葉どおり古菲はモニュメントの最も高いところに座っていた。

「くーふぇさん、だめですよ。そんなところに登っちゃ、危ないですよ」

古菲に呼びかけながら近づいてきたのは、彼女の担任にして中国拳法の愛弟子という微妙な関係のネギ・スプリングフィールド。そして、その傍らにはネギの保護者、神楽坂明日菜がいた。
古菲は軽業を髣髴とさせるような身のこなしでネギの元に降り立つ。そして、ネギの頭をぽんぽんとたたきながらにこやかに言う。

「ニーツァオ、ネギ坊主。心配してくれるのはありがたいアルが、このくらいなんてことないアルよ」
「けど――」
「あー、はいはい。いいじゃないの、ネギ。くーふぇはあんたのお師匠さんなんでしょ?」
「む、そうアル。師匠の私が信じられないアルか?」

こういう言われ方をすると、ネギは何も言えなくなってしまう。担任として注意したにもかかわらず言い含められてしまったことに、ネギは少しだけ機嫌を損ねた様子だった。
ネギをなだめようとした古菲だったが、そのネギと明日菜の服装が気になった。普段着よりも少しだけ見栄えを気にしたような、そんな感じを受けた。
おそらく、これから二人して出かけるのだろう。そう考えて、二人にどこへいくのかと問いかけようとした矢先、さらに近づく人影に言葉をさえぎられた。

「ニーツァオ。ちょうどよかたネ。二人もこれから行くところだたか? 駅前のコンビニで待ち合わせだたが、手間が省けたネ」

古菲と同じ朝の挨拶。この挨拶の仕方をするのは、クラスにもう一人のみ。

「あ、超さん。おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」
「おはよう、超さん。今日はよろしく。結構楽しみだったりするのよね」

ネギと明日菜は超に対して挨拶を返した。どうやらこの三人は示し合わせて出かけるようだった。一人置いてきぼりの形となった古菲は当然面白くないし、どこに行くのか気になる。

「三人とも出かけアルか。どこに行くアル?」
「カッパ、ネ。ちにみに古は留守番ヨ」

カッパ。
河童。
西遊記にも登場する空想上の生き物のことである。
そうか、日本にも河童はいたのか。という考えと同時に、超から言われたもう一言が引っ掛かった。

「ム、超。待つアル。どうした私だけ留守番アルか?」
「今日の用件に古は足手まといネ。ちなみにこの二人はサツキが許可したヨ」

どうやら、三人以外に五月も同行するようだった。しかし、古菲にはそんなことよりも超が自分を除け者にしたことが気に入らない。五月がいるということは「超包子」がらみの用件なのではないだろうか? 昨日、五月から今日の超包子の営業は休みだと聞かされていたことから、古菲はさらに疎外感を募らせた。
それ以上に、カッパを捕まえるのであれば、弟子のネギよりも腕の立つ自分を連れて行くべきではないか? 自分を過小評価されたことに対しても憤りを感じる。

「超! どうしてこの二人は良くて、私はだめアルか? 横暴アル! 私のほうが腕は立つし、きと役に立つアル!」
「? 腕が立つかはこの際どうでもいいネ。古がいるときちんと目的が果たせなくなるネ。この二人は古みたいに邪魔しないから平気ヨ。だから五月もオーケーしたネ」

二人の会話には微妙な「ズレ」のようなものがあったが。超の古菲に対する評価は、仲間はずれ、足手まといを通りこして、もはや邪魔者扱いのレベルにまで達してしまった。脇で聞いていたネギと明日菜もさすがに気まずくなり、横から口を挟む。

「あの、何もそこまで言わなくても」
「そうよ、これじゃくーふぇがかわいそうよ」

古菲は二人の言葉を聞き表情を明るくさせた。しかし、超の行動によってすぐにまた表情を曇らせてしまう。

「なんといわれても駄目ネ。さ、行くヨ。サツキと待ち合わせてるしネ」

まだ何か言いたげな二人の背中を、文字通り後ろから押して先を急ぐ超。そして、古に対して追ってこないよう念を押す。

「古、絶対についてきちゃ駄目ヨ。もしついてきたら、サツキに……」

超は振り向きざまにニヤリと笑みを浮かべ、ネギと明日菜を急かしながら足早に寮から出かけていってしまった。言葉の最後まで口にすることなく。
一人残された古菲は、力なく佇む。

「サツキに……、って何するアルか?」






電車が駅のホームに滑り込む。
美砂と古菲は前の席がちょうど空いたので、二人して腰掛けた。そして美砂は、手提げのバッグからポーチを取り出し化粧を直し始める。

「ふーん、そんなことがあったんだ? けど、珍しいね。くーちゃんを仲間はずれにして、ネギ君とアスナを誘うなんて」
「そうアル! こうなたら、私も目一杯遊んでやるアル」



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