たとえばこんな一日

第四話 カッパエクスプローラー


コンビニエンスストア。通称、コンビニ。
食料品、衣料品、嗜好品、雑誌に文房具、現金自動支払機があったかと思えば、宅配便もやっていますという至れり尽くせりの、ある意味オールマイティなお店である。これだけの用途をこなすことができ、かつ二十四時間営業という時間を選ばないパーフェクトぶりを発揮すれば、必然人が集まる。
そう、今日も今日とて、コンビニには人が集まる。
そしてそんな中に、早乙女ハルナと言う女子中学生がいた。



駅に程近い場所にあるコンビニに、ハルナは部屋着のまま、まさに散歩がてらやってきた。ただし、ここがハルナの住む女子寮から一番近いコンビニというわけではない。
ハルナの目的はあくまで気分転換であって、缶コーヒーを買うためではない。単に缶コーヒーを買うならば、それこそ女子寮の建物にテナントとして入っている店舗を利用すればいいし、最悪自動販売機がある。
ではなぜ、わざわざ駅近くまで出向いてきたか。それは、気分転換以前の前提目的として「ネタ探し」というものがあったためだ。
寮を出たハルナが人通りの多いほうへと道を選択していった結果、駅の方向へと歩いていた。事実、今日は日曜日で、ハルナはこれから出かけようとしている家族連れなどの姿をコンビニにたどり着くまでの間に何回も目にしていた。

「特に目新しいことはなかったわね。仕方ない、せっかくここまで出張ってきたんだから、目的のコーヒーは買っていこうっと」

コンビニの前の駐車スペースには、自動車が一台停まっていた。遠目で見た限りでも、店内には十人前後の買い物客がいるようだった。
上着のパーカーのポケットから片手を出して、扉を開ける。店内に入ると、人工的に整えられた空気がハルナの頬をなでた。自然の心地よい風もいいが、ハルナのようなインドアタイプにはこちらも同じく好ましいものとして捉えられていた。

「さってと……」

ハルナはおもむろに出入り口の脇にある雑誌のコーナーへ向かう。コーヒーを買いに来たのではなかったのか。と、問いただしたくなってくる。実際、彼女の親友の一人である綾瀬夕映がこの場にいたのならば、本来の目的を忘れてしまっているこの友人の首根っこを引っ掴んででも正しい道へと連れて行ってくれるだろう。
しかし、この場に夕映はいない。彼女はもう一人の共通の親友である宮崎ののどかとともに、神田神保町古書店巡りへと出かけてしまっている。
鬼の居ぬ間に何とやら。ハルナは貴重な休日の午前中の時間を、気分転換のためにやってきたコンビニの雑誌コーナーで立ち読みにふけることで、不毛に費やしていくのだった。
ハルナが、別の雑誌に手を伸ばそうとしたとき、不意に彼女に声がかけられた。

「あれ? パルじゃない。どうしたの? こんなところで」

自らの同人作家としてのペンネーム、兼、ニックネームを呼ばれたハルナは声の主を確認する。この「パル」という名前を使うのは、彼女と親しい間柄の人間に限られてくるので、ハルナは特に身構えも心構えもせず、自然な動作で振り向いた。

「アスナにネギ君じゃない。おはよー、奇遇ねこんなところで」

ハルナは呼びかけた声の主である明日菜と、その隣にいたネギに挨拶をした。

「おはようございます、パルさん。散歩ですか?」

真っ赤なTシャツに、デニムのジャケットとパンツ姿の明日菜、同じく真っ赤なポロシャツにクリーム色のハーフパンツのネギ。対して部屋着丸出しのハルナ。明日菜たちがこれから外出するための服装であるのに対し、ちょっとそこまでスタイルのハルナ。ネギの口から、このような質問が出ても当然である。

「うん、ちょっとぶらっとね。そういうネギ君たちはデート? 仲良いわね」

ハルナにしてみれば何の気なしに放った一言だったが、ネギと明日菜は顔を真っ赤にして、端から見て面白いほどあわてていた。

「ち、違いますよ。そんなんじゃありません」
「そうよ、こいつと二人っきりで出かけるわけじゃないんだから」

明日菜の言葉を証明するかのように、店の奥のほうから超が出てくる。さらにその後ろから、四葉五月も顔をのぞかせた。

「どうしたネ、騒がしいヨ。お店の中ではもうちょと静かにするネ」

おはようございます、と五月からの挨拶を受けて笑顔で返すハルナ。

「なんだ、デートじゃなかったのか。つまんない」
「ちょっと、パル。あんたね」

明日菜たちに連れがいることを知ったハルナはあっけらかんと言うが、これも何の気なしである。だが、いちいち反応を見せる明日菜を面白がっている節もあった。

「けど、珍しい組み合わせよね。さっきの柿崎たちもそうだったけど。ね、これからどこ行くの?」

ハルナの問いかけに対して真っ先に答えたのはネギだった。四人の中でも一番張り切っているようにも見える。

「聞いてください、パルさん。これからカッパを見に行くんです!」
「は? カッパ?」

思いもよらない単語の登場に、困惑の表情を浮かべるハルナ。

「知らなかったわ。カッパって本当にいるのね」
「???」

さらに追い討ちをかける明日菜の言葉に、ハルナはその頭上に疑問符をいくつも飛ばしていた。

――カッパ。
――河童。

河童っているとアレよね。甲羅を背負って、頭にお皿があって、くちばしが水鳥みたいで、水かきがあって……。

ハルナは、ネギと明日菜の表情を窺う。
二人ともこれから珍しいものを見に行くことに対し、期待に胸を膨らませているのか表情が明るい。
ネギはまだいい。その年齢から、きっと現実とおとぎ話の区別がついていないだけと思われるかもしれない。もしかしたら、サンタクロースがいると信じている子供と同じように扱われることもあるだろう。
しかし、問題は明日菜だ。何が問題なのかといえば、その年齢もさることながら、明日菜本人が大真面目であるということである。今年の四月、いやそれよりも前、ネギが来てからか。「魔法」というファンタジーな世界を知ってしまい、なおかつ片足のみならず、両足突っ込んでしまっている状況である。本人の自覚として、最早そういった「現実」と「非現実」の境界線が非常にあやふやなものになってしまっていることに気がつけていないでいる。
ハルナをはじめとした、魔法のことなど知らない一般人からしてみれば、気の毒な女の子として見えるかもしれない。事実、近くにいた客は明日菜にそういった視線を送っている。
そしてハルナの目には、バカに拍車がかかってしまった、として映っていた。

「ん? どうしたの、パル。何かあった?」
「え? あ、ううん。何でも」

ハルナが急に悲しそうな表情をしたのが気になったのか、明日菜はハルナを心配した。だが、ハルナも逆に明日菜を心配していた。いろんな意味で。

「――っぷ。っく」
「?」

明日菜たちの後ろから、妙な声が聞こえた。ハルナが注意をそちらに向けると、したり顔で笑いをこらえるのに必死な超と、苦笑いを浮かべている五月の姿があった。

――なるほど、超が二人をそそのかしているのか。

ヒントは、「カッパ」という単語と、おそらく「四葉五月」。

「!」

しばしの思考ののち、ハルナは合点がいったという表情を見せた。そして、やさしい微笑みを浮かべながら明日菜の肩をたたく。

「そうね、アスナもこれを機に、このかを見習ってがんばりなさいよ」
「???」

今度は明日菜が頭上にクエスチョンマークを出現させていた。






コンビニを出て、明日菜たち一行と別れたハルナは寮へと向かって歩き出した。手には、缶コーヒーが三本入ったビニール袋をぶら下げている。

「うーん、ミステリアスな女に、カッパ……。いや、妖怪か……」



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