たとえばこんな一日

第七話 狙撃手の独白


コンビニの自動ドアが開き、中から大柄な女性が出てくる。
憮然とした表情と大き目の男物のワイシャツ、そして肩に担いだギターケースが目を惹く。彼女は常日頃同じような表情をしているものの、今ほどの不機嫌さはない。
軒先に設置してあるゴミ箱にワイシャツを包装していたビニール袋などを捨てて顔を上げる。そこには、コンビニの窓ガラスに映った不機嫌な表情の彼女を見つめる、不機嫌な表の龍宮真名の姿があった。






コンビニでワイシャツを買い、トイレを貸してもらってその場で着替え店を出た。
今は、駅に向かって歩いている。
今日の仕事自体は簡単なものだった。そう、簡単に終わった。
仕事の内容は、その土地に古くからある神社とその周辺の調査、及び同地域に発生する魑魅魍魎の類の捜索と駆除。最近になって、突如姿を現し始めた物の怪がいるそうだ。
まあ、平たく言えば、妖怪退治だ。



目的の神社があったのは、山の中腹といったところだった。
車の乗り入れることのできる場所から、徒歩で約一時間。
うっそうと茂った木々の中に、ぽつねんと一軒の社が建っていた。そこだけ、日の光が差し込み、小さな聖域が形作られているかのような錯覚を覚えた。
申し訳程度の小さな鳥居と、小さな社。その社に見合うほどの大きさの賽銭箱が備えてつけられており、最低限の神社としての体裁が整えられている。しかし、手入れはされていないようだった。地面には雑草が伸び放題、社の軒下には蜘蛛の巣が張られ、建物はかなり痛んでいた。建てられてからかなりの年月を経ていることもあるが、やはり手入れされていないことが、よりいっそうこの社の状況を悪化させている。

「これは、なかなかにひどい有様だな」

人々から忘れ去られ、見捨てられた小さな神社にため息とともに感想を漏らす。
ギターケースを肩から下ろし鳥居に立てかける。
辺りの様子を観察するものの、いたって平穏だった。

「特に何も無いな。だが、報告からすればいることに間違いは無い」

周囲からは物の怪の類の気配は何も感じられない。
しかし、何かが潜んでいるに違いない。仕事の依頼人からの報告書を鵜呑みにするわけではないが、ここは自分の勘を信じることにした。
周囲の状況を確認し終え、社へと近づく。一応社の中も確認しようと思ったからだ。
今にも壊れそうな、二段しかない木製の階段をきしませ扉に手をかける。観音開きの扉を両手で開くと、建物の中から埃とカビの臭いのする空気が流れ出してきた。
予想はしていたが、鼻を突く刺激臭のため思わずジャケットの左腕の袖口を口元にあてがった。しかし、これがいけなかったのだろう。社の中にいるモノの存在が発する瘴気をいち早く察知できなかったため、初動が遅れた。

「!」

右腕が急に引っ張られる感触。
とっさのことに身構えることもできず、なすがままに倒され体ごと引きずられる。見ればなにやら糸のようなものが数本右腕に絡み付いている。
これにより、敵の正体について直感した。
顔を上げると、そこに予想通りの相手がいた。胴体が人の丈ほどもある大蜘蛛。足を広げた全長は果たしてどの程度になるのだろうか。
身をよじって体を上着から引き抜く。ジャケットを大蜘蛛の頭に投げつけ、そこへ起き上がりざまの蹴りを放つ。反動を利用して、大蜘蛛から間合いを取る。
だが、建物の中は未だ敵の間合いの中だった。
体制を整える暇も無く、次の攻撃が繰り出される。長い足を生かした蹴り。
実際、蜘蛛が蹴りを放つなど聞いたことがない。視界をさえぎられ、攻撃を受けた大蜘蛛が逆上して、暴れまわった結果だろう。
しかし、これだけの大きさともなれば、ただ足を単に振り回しただけでも、人間には脅威だ。

「くっ!」

両腕でガードをするが、衝撃は重く大きい。
閉じかけの社の扉、賽銭箱を粉砕しながら建物の外へと叩き出されてしまった。
だが、これは好機でもある。

「よし、銃を――!」

そう思ったのもつかの間、今度は左腕を糸に絡めとられる。まだ、立ち上がれていない。
ここに来て、自分が丸腰であることを思い出し、後悔する。
拳銃があれば理想だが、せめてナイフの一本でも携帯しておくべきだった。

――何かないか?
――銃やナイフとは言わない。せめて、この糸を断ち切れる何か。

足を踏ん張り、大蜘蛛に引き寄せられまいとしているうちに、左手の指先に何か金属の感触。
一枚の十円玉。だが、今はそれでもありがたい。
ギザギザのついた硬貨を飛礫に見立て、親指で弾く。
蜘蛛の糸は寸断し、大蜘蛛がバランスを崩したこと確認した私は、鳥居のもとまで走る。

「悪いが、ここまでだ」

ハンドキャノン・ショット。

振り向きざまに、大蜘蛛の眉間に向けて二連射。
デザートイーグルから放たれた、術を施された弾丸は、大蜘蛛を沈黙させた。

「…………ふう」

大蜘蛛はしばらくして灰となり、その姿を風に運ばれて消していく。
その様子を眺めながら、私はしばらくその場にたたずんでいた。
ジャケットとタンクトップをお釈迦にされたことに、ひとつため息をついて――。






――後々分かったことだが、あの大蜘蛛はもともと、あの神社に祀られていた存在だったそうだ。
――土地の守部たる存在が、妖怪に喰われたか。
――はたまた、信心を忘れた人間に嫌気がさしたか。

「どちらにしろ、今回はその人間のひとかけらの信心に救われたわけだが」

真名は、その手に持った錆だらけの十円玉をもてあそびながら、誰にともなく言った。
駅に向かう道の途中、道沿いのブティックに目が留まり、足を止める。

「そういえば、他に余所行きの服が無かったな」

この言葉は、ウィンドウに飾られている洋服を見てのものか、それともガラスに映る自分の姿を見てのものか。

「本格的に、買い物に行かないとダメか……」

仕事に向かうときよりも厳しい表情をして、真名はその場を立ち去った。



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