たとえばこんな一日

第十二話 くえすちょん


夕刻。
麻帆良学園女子学生寮の地下寮生食堂は賑わいを見せていた。
自炊や外食をする生徒も少なくはないが、それでもこの食堂は人気がある。麻帆良学園都市内の食堂棟ほどではないが、メニューも豊富でボリュームがあり、なおかつ値段が手ごろ。
育ち盛りの少女たちのおなかを満たす大黒柱的な存在でもある。

「お?」
「む」

そんな食堂の中で、二人の生徒が鉢合わせをした。
二人ともトレーを両手で抱えており、お互いに空いている席を探している最中であることがうかがえる。

「おかえりー、龍宮さん」
「ああ、ただいま。早乙女」

ハルナと真名が持つトレーの上には、同じセットのメニューが乗っていた。デザートのあんみつまで一緒のラインナップである。

「奇遇ね」
「奇遇だな」

お互いのトレーを見比べ、二人して同じような言葉を漏らした。

「奇遇ついでに、一緒に食べない? ちょうど、そこ空いてるみたいだし」

ハルナの視線とあごで指し示された場所には、長テーブルに向かい合わせで座る空席があった。



「そういえばさ、その服どうしたの? なんか、出かける時に着ていた服と違うみたいだけど」

席に着き食事を開始して間もなく、ハルナが思ったままの疑問を口にする。
ハルナの記憶には、白のジャケットと黒のインナーが真名の装いとしてあった。
この問いかけに、真名は思わず口をつぐむ。今着ている男物のワイシャツは、あくまで急場しのぎのもの。本来の服装であったジャケットなどは、真名の不手際によってその役目を果たすことのできない状態になってしまったのだ。

「……ああ、ちょっとな。派手に汚れてしまって」

こう口にするのが精一杯だった。

「ふーん、ペンキか何か引っ掛けられちゃったのかな? ところでその服装、なんか修学旅行の時と同じみたいね」

ハルナにとっては何気ない一言だった。
修学旅行での戦い。真名が助っ人として駆けつけたその戦闘は熾烈を極めた。
相手は古くから京都に巣食う魑魅魍魎。加えて神鳴流剣士。
ともに戦場にあった古菲も健闘したが実戦経験が違う。刹那と明日菜が抜けた後、神鳴流剣士や腕の立つ妖怪はそのほとんどを真名が引き受けていた。
結果、真名の着ていた上着はお釈迦にされ、一夜明けて宿に戻るときには木乃香の実家から譲り受けたワイシャツを羽織っていた。
ハルナの記憶にある真名の姿は、そのときのものである。

――修学旅行の時と同じ――

ハルナの一言は、確かに何気ないものだった。
だが、真名は顔をしかめる。

「修学旅行からこっち、腕が上がっていないということか……」

落胆のため息とともにぽつりとこぼした呟きだったが、ハルナの耳はその小さい声も拾っていた。

「ん、どうしたの? なんかイヤなことでもあった?」
「いや、なんでもない――ん?」

真名が視線をそらした先には、食堂の誇る大型のプラズマビジョンが壁にかけられていた。
真名の視線を追って、ハルナも画面を見る。

『くえんちょん・くえすちょん』

画面に映し出されていたのは、話題沸騰中の教育番組風・教養バラエティ番組である。

『みんなー、お勉強の時間やえー』
『はい! 僕、がんばります』
『はいはい。で、今日は何をやるの?』

国語、算数、理科、社会。基本的な科目から、世界各地の美術、歴史的建築物、さらにはコンピューターネットワークなど扱う分野は幅広く、独自の切り口により視聴者の知的好奇心を刺激する作りとなっている。
だが、人気の秘密は番組を進行する三人の登場人物によるものが大きかった。

ワケギ君。
この番組の主人公ともいえる少年。魔法の国から人間界に修行にやってきた。
人間界のことを学び、立派な魔法使いになるため修行中である。

明日葉(アシタバ)ちゃん。
ワケギ君の人間界での居候先の少女。ワケギ君の魔法の失敗で、いつも不幸な目にあう悲劇のヒロイン。
教育番組での「お姉さん」的存在にあたるのだが、頭が悪い。ツンデレ。

ドクトル・木乃伊(ミイラ)。
明日葉ちゃんの家の隣に住む、はんなりサイエンティスト。
ワケギ君と明日葉ちゃんをやさしく見守り、色々なことを教えてくれる。
明日葉ちゃんと同い年に見えるが、実年齢を尋ねるともれなくトンカチによるツッコミが返ってくる。

『このあいだの歴史の勉強は、とても面白かったです。木乃伊さん』
『せやなー、ワケギ君の魔法でタイムスリップしたんは驚きやけど、まさか「池田屋階段落ち」の真相が明日葉の手によるものだったと分かったときは、もっと驚きやった』
『ちょっと、なに言ってんのよ! こっちは大変だったんだからね!』
『まあまあ、明日葉さん。無事だったんだからいいじゃないですか』
『あんたらはいいわよ! 二人して安全なところから高みの見物だもん。こっちはハリセンひとつでお侍同士の斬り合いのただ中に放り出されたんだからね!』
『けどあのときの明日葉、すごかったなー。押し寄せる敵を、ハリセンでばったばったと』
『新撰組、でしたっけ? 明日葉さん、何であの人の味方をしたんですか?』
『え? ほら、それはあの人が渋くてかっこいい……って、なに言わせんのよ!』
『そのとき張り倒した一人が、豪快に階段転げ落ちていきよったなー。あれは痛いでー』



「番組とはいえ、あいかわらず無茶をするな……」
「この三人、なんかものすごく親近感を覚えるのよね……」
「ああ。まるで、この寮のどこかの一室での出来事を、如実に再現しているかのようだ……」

言い終えて、二人は顔を見合わせる。
どうやら、お互いこの番組に対して思っていることが合致したようだった。

「奇遇ね」
「奇遇だな」

二人が妙な親近感を抱き合っている間も、番組の進行していく。

『――この間の話はもういいわよ。で? 今日はなにをするの?』
『今日は「理科」。大自然のお勉強やえー』



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